こころあそびの記

日常に小さな感動を

三世代同居

f:id:snowrumirumi:20210428165609j:plain


 「あなたのゆめは何ですか?」という宿題のプリントが放ってあったので思わず読んでしまいました。
 幼稚園の先生、ペットショップの人、動物園の人と書いた後に、孫が()で括って付け足しのように書いている部分に笑ってしまいました。
 (ニュースの人になりたい り由はおばあちゃんが「なってね」「やくそくだよ」というからです)
 こんなこと言ったかな? でも、言われた本人は律儀に覚えていて、自分の夢じゃないけれど“約束”だからと書き足したのでしょう。
 こういうなんでもない日常が三世代で住むことの楽しさです。
 我が子を育てるのは責任があって真剣さがかえって溝を作ったりするものですが、一世代離れた孫なら一緒に居ても気楽です。好き勝手なことを言い合えるのが同居の楽しみです。
 先日も一人のおばあちゃんに笑わせてもらいました。
 彼女は足腰が痛くて、家でもつい愚痴ってしまわれるようです。
 「 薬が効いているかどうかなんて、目に見えんから 
  わからん。年とったら鈍くなってますますわから 
  ん。
  それで、『痛い痛い』というと息子が怒る。けど、 
 『あんたもそうなるんや!』と言うたら、『俺はなら
  ん』と 言いよる。
  だから、孫に『あんたのお父ちゃんもそうなるんや
  で。お父ちゃんがそうなったときには、おばあちゃ 
  んいうてたで、と言うてやってや』と頼んである」
 お話を始めた時には顔を強ばらせていたのに、最後にはしてやったりの表情を見せて戻っていかれました。大阪人ならではのユーモアを聞かせてもらいました。
 この人も三世代家族。息子さんとの関係がギクシャクしても孫が居てくれることでほのぼのしたものになっていることを感じました。
 “おばあちゃんと孫”という親子でもない、他人でもない関係を経験できることはありがたいことです。
 私が高校生のころ、NHK朝のテレビ小説「信子とおばあちゃん」(獅子文六原作)が放映されていました。
 そのテーマ音楽の穏やかなこと。右肩上がりの忙しい時代だったのに、時の流れが緩やかであったように思わせるメロディーです。
 昭和っぽくて喜怒哀楽がグチャグチャに詰まって整理のつかない家族はなくなったのでしょうか。ひょっとすると、整理上手の当世人の家族は形もスマートになってしまったのでしょうか。それでいいんですけど。