こころあそびの記

日常に小さな感動を

「毉→醫→医」

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 風薫る好季節。
 北原白秋は「くわっとふりそそぐ日光、冷たい風、春と夏との二声楽(デュエット)」と表現したそうで、倉嶋厚さんが詩人の目をほめておられます。
 ありがたい連休のおかげで、めったについて来てくれない孫と二人で散歩しました。
 「おばばは、なにがしたいの?」
 「そうやねぇ。いのちの話かな。生きてるいのちを知って欲しいかな。でもさ、その伝え方が難しいんやわ。誰でも生きてるから、そうでっかで終わってしまうでしよ。」
 「そやな・・」
 なんて、中学生にもなると、なかなかな質問をしてくるので、たじたじ。こっちも真剣に応えなければなりません。
 そんな折り、京都の六角田中医院の院長、田中実先生の新刊が届きました。
 ”いのち“の伝え方の模索をしている私には、先生の目指されるところがわかる気がします。
 先生は医療と宗教の関わりから、今の医療を正そうとされています。
 宗教なんてと初めから毛嫌いされる方もあるかと思いますが、そんな難しい原理ではなく、昔は「医は仁術」だったでしょうというあたりから入れば分かりやすいのではないでしょうか。
 心に寄り添っていた赤ひげ先生時代に比べて、現代医療は心を置き去りにしていませんかという話です。
 ただし、これは医療を授ける側だけの話ではなく、受ける側の問題も孕んでいることを自覚しなくてはなりません。
 東洋医学最古のテキスト『黄帝内経 素問 上古天真篇』に「人間は小宇宙 天人合一して私心やこだわりがなくなれば病気にならない」と記されています。
 反対にいえば病気にならないこつは自分の中にあるということです。
 高齢化、癌、難病に加えてコロナ。これらが発するメッセージは社会変革です。なにも、IT革命だけが改革ではありません。
 それを動かす私たち一人一人の心を耕すことを求められています。難しいことではなく、いのちはどんなときも輝き続けて自分を応援してくれていることに心を向けてみることです。
 田中実先生の医療改革はそこのところを伝えたいのだと思います。