こころあそびの記

日常に小さな感動を

「書」は「人」なり

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 長らくコロナで休止中だった大形徹先生の上六近鉄文化サロンの講座「荘子を読む」が、久々に再開されました。
 しばらく、漢文もご無沙汰でしたので、当てられたらどうしようとドキドキの参加でした。

 私にとっては、上六は郷愁を感じさせる場所です。上本町(上町)から市電に乗って、叔母や祖母の家に遊びに行ったことが思い出されます。
 九丁目で急カーブすることを知る人も少なくなった市電の話です。

 今日から、漢字の勉強も始まりました。筆の持ち方から、書道史まで多彩な内容です。
 大形先生は中国哲学の教授なのですが、書画もサラサラと書いてしまわれます。臆するところはなく平常心、それは、先生のお人柄そのものです。
 お習字を習っていても、書道史を教えてくれる先生は多くはありません。
 例えば、一般には楷書、行書、そして崩し字として草書に至ると思われている方もおられるかと思います。
 しかし、その逆なのです。篆書や隷書を少しでも早く書くために早書(草書)になって、あの有名な王羲之の字体から行書、楷書と進化してきたとは、意外ではありませんか。
 小学校から始まる書道で、楷書から練習するから楷書が基本と擦り込まれただけだったのです。

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 講座終了後、天王寺公園内の市立美術館で開催中の「揚州八怪」の鑑賞に行きました。
 日本の江戸中期に当たる時代に、中国の揚州に活躍した八人の怪筆者の作品展です。
 現代の生活空間に収めても、全く違和感がなさそうなハイカラな作品もありました。時代が下ればデザイナーとして活躍されたであろうと思えました。
 そう言えば、入場者には、一見書家には見えない若い方もおられました。ヒントを拾って斬新なデザインに生かそうと見に来られたのでしょうか。
 流行りの創作漢字は意味は面白いのですが、バランスなどに?マークが拭えません。先人が考案した漢字の凄いところは、バランスの完璧さがあることです。
 その調和のとれた美しさが、多くの歴代の書家に書きたいという意欲を持たせたのでしょう。
 これから始まる書画の時間が楽しみです。私は専らオーディエンスですが・・・