人皆は 萩を秋と云う 縦(よし)われは
尾花が末(うれ)を 秋とは言はむ
作者未詳 巻10-2110
万葉集に登場する花で一番多いのが萩だといいます。
が、上記の作者は、私は薄(すすき)が秋を代表する花だと思うと宣言しています。
薄の穂の変化が秋の深まりを告げています。
先月の中秋の名月の頃は、伸び出した穂がまだ赤かったのに、その後、花が咲いて白く輝き、その存在感が目立つようになってきました。
明後日には十三夜の後の月。栗満月。
月にすすきは似合います。。白銀色の花がほほけて風に揺れている尾花が美しいという感性が私たちの体の中にも受け継がれています。そんな時を越える体験ができるのは、変わらない自然の姿があってこそです。
先人がいかに自然を愛でていたかという証が行事や歌に残されてきました。
そして、その伝承の担い手は老人の仕事だったように想像します。自然への畏敬と愛情が身に迫って感じられるようになるのは老年期のゆとりとさみしさに起因すると思うからです。
指進(さしずみ)の 栗栖の小野の 萩が花
散らむ時にし 行きて手向けむ
巻6-970
大伴旅人の辞世の歌は飛鳥の”ふるさと“を思うものでした。飛鳥の都の秋に萩が咲き乱れていた頃のことを思い出しています。
人が思い浮かべる懐かしい風景には、花があることが多いようです。それだけ、「花が咲く」ことによって、物語は印象深くなるのかもしれません。
「花が咲く」という歌が東北大震災の応援ソングとして、つとに有名になりました。
菅野よう子さん作曲のシンプルなメロディーにのせて歌われる詩を聞くとき、だれもが懐かしさを感じます。
この作詞をされたのが映画監督の岩井俊二さんです。
美しさとそれに伴う残酷さの両面に真摯に向き合う方だと書いてあるのを読みました。
彼は仙台出身で震災を我がこととして、今もって片時もその脳裏を離れることはないはずです。
繰り返されるフレーズは
「花は花は花は咲く いつか生まれる君に
花は花は花は咲く わたしは何を残しただろう」。
この先、ずっと繰り返される自然の姿の中で、私たちはほんの一瞬の切り取られた風景を心に留めます。
そして、後に生きる孫や子は、先祖も見たであろう風景の中にその姿を想像して懐かしむことでしょう。
私たちの先人の感性を、次世代の人たちにつないでいくことが、今、この時代を預かり生きている者のつとめだと、この歌を聞くたびに胸に刺るものがあります。