こころあそびの記

日常に小さな感動を

洞穴の向こう側

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 コロナコロナで暮れていく2021年。
 
 寒波到来の中、大勢の人々がコート姿で繰り出していました。自粛解除の号砲と同時に、もと通りになる人間の健全さ、逞しさをうれしく思いました。
 また、梅田阪急のコンコースのウインドーの飾りが例年通りに設えてあったことも安心感を抱かせてくれるものでした。いつもと同じということに飢えて、不安に慣れきった心には何よりの薬でした。夢ある演出をしてくださった方々に感謝いたします。

 窓の向こうに幸せを見たマッチ売りの少女のように、人は手の届かない所に幸せの国があるように思うことで、今を生きるすべを得ようとするところがあります。

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 今日の大形徹先生の講義は興味深い「洞天福地」のお話でした。
 山深い場所にぽっかり開いた洞穴の入り口。そんな所を見つけたら、この穴の先はどうなっているのだろう、どこに出るのかな?と探りたくなる気持ちが湧きます。
 洞天福地は、そんな人間の探検心と夢見心地を擽る場所です。
 福地とついていますから、その先には桃源郷らしき夢の世界があると想像が広がる場所のことでしょう。
 この言葉の発祥地である中国は広大ですから、複雑な地形に洞窟が何個も開いている不思議な場所が実際にあります。
 そこへもってきて、仙人思想があるわけですから、穴の向こうは天国に通じるというのも、かの国ならではの発想なのかもしれません。
 
 ところが、大正時代にこの「洞天福地」を描いていた日本の文人画家がいたようです。それが、富岡鉄斎です。
 彼がこの存在をなぜ知っていたかというと、大量の漢文を勉強していたからだそうです。
 水墨画には絵の横に漢文が添えられています。それを「賛(さん)」といいます。鉄斎は賛を読んでから、画を見るようにと言い残していますが、その希望にそえる人が現代人にどれほどいることでしょう。
 画の一枚に「洞天福地」と賛に書かれているものがあります。もちろん、画には洞穴が見えます。それは、日本人では初めてのもの。
 面白いことに、彼を崇拝していた棟方志功が、あまり教養がありすぎても・・と言ってるほど富岡鉄斎の教養は群を抜いていたらしいです。そんな凄い人だとは知りませんでした。

 明日にでも、清荒神の鉄斎美術館に行ってみたくなりました。