こころあそびの記

日常に小さな感動を

もういくつねるとお正月

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 「 もういくつねると お正月
   お正月には凧揚げて 追い羽根ついて
   遊びましょう
   早くこいこい お正月 」

 こんな歌を歌っている子供は見かけなくて、せいぜいスーパーで耳にするくらいになってしまいました。
 凧揚げよりも、羽子板よりも刺激的な遊びがいっぱいですものね。
 でもね、これら静かな遊びの中に先人の知恵が含まれていることを知らずに成長するのはもったいないことです。
 凧揚げには、風に揉まれても破れない和紙の技術、竹ひごの柔軟さ。そして、天空に吹く風を読む力が要りましょう。
 羽子板の絵柄は女の子の憧れで、お気に入りを買ってもらうのが、お正月前の楽しみでした。
 羽子板の音がこだまする静かなお正月は、平和の象徴です。
 
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 コロナ禍から未だ抜けきれない歳末ですが、それでも、去年ほどの暗さはなくなっていると見ていますが、どうでしょう。
 年内の工事も終了して町は静かになりました。そうなると、気持ちは新年の準備にかかります。
 家に籠もっていると迎春の活気はわかりませんが、一歩外に出るとその熱量を感じることができます。

 私の両親はどちらも大阪の人間でしたので、人混みが大好きでした。やれ黒門へ、やれ百貨店へと、「迎春ムード」を味わうためにうろうろしたことが懐かしいことです。帰りには、心(斎橋)ブラついでに、晴れの日の洋服を調達してもらって、気分は否が応でも徐々に盛り上がっていくのでした。
 誰もお酒を飲まないのに、「コノワタ」や「数の子」をゲットして、「あのカニ動いてるよ」「ほら、みてごらん。あのふぐ」と買いもしないのに店先を探索するのも大晦日のお楽しみでした。
 もちろん、押し合いへし合いで、今では考えられない賑わいでした。あんな野蛮なことをと、後の時代の人に笑われそうな昭和は、「三丁目の夕日」ではありませんが、どこか人間らしい温もりがある時代だったと思います。
 もう、この先、あんな光景を見ることはなくなるでしょう。ソーシャルディスタンスにネットショッピング。民度が上がって、みんなお行儀よくなりましたからね。
 
 父母と過ごしたお正月を思い出しながら、彼らのやっていたことをささやかに真似しています。
 今年のお花は一束○円のセット花です。
 それでも、玄関と床の間に生け終わって、余りの小花たちもそれぞれに居場所を見つけてあげたら、気持ちはすっきりいたします。あぁ新年が始まると。
 あとは、年賀状ですね。もう止めるという方もおられますから、思案のしどころです。でも、年賀状がないお正月は気の抜けたサイダー。と思うと、やっぱり書いてしまいます。
 ドキドキしてきました。それが、お正月ですよね。
 世間に乗り遅れない程度の高揚感を持つことも、ぼけ防止には必要なことだと思っています。