朝の月が薄い雲を通して天空の高いところから鈍い光を放っていました。随分痩せて小さく見えました。
頼りない思いで部屋に戻った私は、本箱から『雪の花』を取り出してしまいました。なぜか、気持ちがまだ昨日を引きずっていることを知りました。
だったらと、再読してみることにしました。
「天然痘」はなんと紀元前1200年くらいから中国ではすでに流行があったようです。
日本には奈良時代に筑紫から新羅に漂流した人が持ち帰ってしまって、長らく人々を悩ました疫病です。
命を落とすことも恐ろしいことですが、たとえ治っても痘痕(あばた)が残って、外出もできない状態で過ごさねばならなかったそうです。
治療法はジェンナーが牛で成功したという噂だけが一人歩きして、牛の糞を丸焼きにして飲み下すことのほかには、神頼みしかないという時代でした。
どうしようもなくなった時には、どうにかしてやろうという人が出てきます。
福井藩の町医者、笠原良策が周りの人々にさげすみを受けながらも、これを達成しなければ天然痘の苦しみから逃れることはできないのだという信念を貫いた話です。
種痘という予防法を皆に安全で効果的であることを知ってもらうために奔走します。
しかし、
藩の役人が取り合ってくれない。
医者同士は足の引っ張り合い。
漢方医と西洋医の確執。
民間人の協力が得られない。
妖術だと誹りを受ける。などなど。
今、コロナ禍で混乱している状態と同じです。
人間ですから新しい事態に慎重にならざるを得ないことは当然です。
せめて、今起こっているドタバタがいつか教訓になればよいのですが・・
そして、天然痘が1980年にWHOによる根絶宣言が出されたように、コロナ収束の日が一日も早くやってくることを祈るばかりです。
この『雪の花』のクライマックスは京都から東海道を通って滋賀、長浜から北国街道を抜けて福井に痘苗を運ぶシーンです。
つい先日も大雪がニュースになった豪雪地帯です。
題名になった雪の中に咲いた花は、後世の私達を見事に救ってくれました。
表紙の田渕俊夫さんの『深深』という絵の中に、笠原良策医師が歩いているように思えます。