今朝、火野正平さんが読まれた『心旅』のお手紙に、夫を戦争で亡くして未亡人になった女性が、夫の弟と結婚したという話が書いてありました。
終戦後、今の人には考えられないこんな理不尽な婚姻がよく聞かれました。それでも、文句を言わずに従ったのは、世間体と家を守ることが一大事だったからでしょう。
その後、親から子へと二代三代経て、衣食住に満たされた現代人は愛とは何かと考える余裕があります。考えすぎて結婚に踏み切れない人がいるくらいです。
だからといって、今の人の方が情に厚いのかというとそうとも言い切れません。美しすぎる生活が愛の濃度をを希薄にしてはいないかと考えることもあります。いや、濃い薄いでないのかもしれません。
今の若い人たちにも愛は大きな関心事であることは変わりないようですから。
水鳥のうち、鴨(カモ)のつがいの相手は定まっていなくて毎年変わるらしいですが、片や、雁や白鳥は相手を変えず、生涯を共にする愛情の深い鳥なんだとか。相手が亡くなるとうなだれて側を離れないといいます。
それは、ロシアからカムチャツカを越えて4000kmを旅することと関係があるのでしょうか。苦労を共にして、助け合うことが絆を確かにするのでしょうか。
「雁風呂」という言葉があります。
雁は疲れたときに浮きに使うための木の枝を咥えて海上を旅してきます。そして、津軽にたどり着いたとき海辺にやれやれと枝を落としていきます。春がきて、北へ帰る雁は津軽でその枝を拾って、北に帰ってゆきます。
そのとき、海辺に残った枝の数は、命絶えた雁の数。
津軽の人々はその枝を集めて風呂を焚き、供養したというお話です。
うろ覚えながら、サントリーの宣伝にあったように思います。
実際には、水に浮かぶことのできる雁ですから、枝など咥えてはいません。
それでも、この話は心に残ります。寂しい話なのに愛を感じさせます。
雁が枝を咥えて渡るという件は、すでに中国古代の『淮南子』に登場するといいますから、淮南の地も雁の通り道だったのでしょう。雁がY字に隊列を組んで空を飛ぶ姿に魅せられた淮南王のことをもっと知りたくなりました。
彼に限らず、人や動物に深い情けをかけることのできる人を尊敬します。
「 今日からは日本の雁ぞ楽に寝よ 一茶 」
昔は、空を雁行形に飛ぶ鳥を見かけましたが、今は全くです。
温暖化のせいか、雁は宮城県止まりだそうです。
「鴻雁北」。早春の北帰行を見送ってみたいものです。