「俺の人生は失敗の連続や」と自嘲気味に鼻で笑うような言い方をしていた父でした。
「何が失敗やったん?」と訊かなくても、一番に出てくる言葉は「あいつと結婚したことや」と言うに決まっているから、それ以上は訊けませんでした。
失敗やないよ。好きなこといっぱいして、やりたいように生きてきたやないの。
終戦の口減らしで17歳で祖父の元に嫁いできた祖母。その少女から産まれた長男の父。
生涯、甘ちゃんだったのは幼少時を幸せに過ごしたからに違いありません。
松下幸之助さんの名言に「失敗したところでやめるから失敗になる。成功するまで続ければ成功になる。」という言葉があります。
経営者にはことのほか人気のある言葉です。
先月の神社に掲示されていたのは『こけたら立ちなはれ』(松下幸之助)でした。
あぁ、幸之助さんらしいなぁと思いました。失敗しそうになっても、なにくそと立ち上がられたのですね。
九十四歳まで生きて、経験から出た数々の含蓄のある言葉が、これからも人々を励まし続けてくれることでしょう。
先日、NHKテレビで猪木寛至さんが難病に侵されておられることを知りました。
父親を亡くし、ブラジルに渡ったこと。極貧生活。豹のなき声が聞こえるジャングルを駆け抜けて家に帰ったこと。人の何倍も働ける強靭な身体に恵まれていたこと。
そんなとき、ブラジルに巡業に来た力道山との出会いが彼を別世界に連れ出すことになります。
プロレスは白黒テレビ時代には超人気番組でした。
残虐なシーンは観られませんでしたが、花形選手の名前は覚えています。その懐かしい面々が、親分である猪木さんの周りに集まってお世話をされています。師弟の関係。いいなぁと思いました。
猪木さんは、みんなの好意を受け止めている姿をカメラに曝して、これが今の私ですと臆するところないように振る舞われていました。
この強さは子供時代に培われたものとお見受けしました。
でも、私だけの持論ですが、人間は生まれたときからそう簡単に変われるものではないとみています。
顔や身体は変わっても、魂という部分はちょっと鍛錬したからといって昇段できるものではないように思われるのです。
事実、母に相当鍛えてもらったのに自分が変わっていないことは申し訳ないくらいです。
猪木さんほど頑強な人でも病気になる。
人は最後は病に倒れます。
幸之助さんの「こけたら立ちなはれ」は最早、通用しません。どう生きたかに関係なく襲ってくる。というより大いなるものに選ばれ、導かれるようにというのでしょうか。
それじゃ、病んだとき、自分はどう生きたらよいのでしょう。
瀬戸内寂聴さんが残された「今を切に生きる」という言葉が当てはまるのではないかと思いました。百歳目前まで生きた彼女の言葉と思えば、その重みもひとしおです。
明日どうなるんだろうはいりません。今日まで頑張って生きてきた日々を愛おしく思い出しながら、今という時間を大切にする。その思いは人それぞれ。
父はあんなこと言ってましたが、寂しがり屋ですから、あの世でまた母に首根っこ掴まれて、失敗を繰り返しているのかもしれません。けど、それが彼の成功への道だと愉快に思っている罰当たりな娘です。