文学とは縁なく過ごしてきましたが、たまに、自分が渇いていることを自覚して手に取る本があります。
三好達治の『詩を読む人のために』は長らく本箱に入ったままですから、処分する気持ちにならなかった希少な本です。
開けば、各ページの周囲が茶色にやけています。年月に焦がされたというのでしょうか、いい感じです。
1991年1月16日初版で私のは9月12日の第5版です。
三十年前。ちょうど子育て真っ盛りの時分に何を考えてこんな難しい本を買ったのでしょう。満たされないものや悲しみを抱えたまま突っ走っていた、まだまだ幼かった自分を思い出します。
三好達治が大阪出身の詩人であることをその本で知りました。
のんきな凡人というのは、何か共通点があると、もうそれだけで喜んでしまうものです。ましてや、明治大正昭和の大阪に生きて、父母と同じ空気の中で育ったことにも興味を持ちます。
彼が卒業した旧制市岡中学は大阪に出来た大阪府第三尋常中学です。六稜の星が北野中学、天王寺中学、市岡中学の三校に共通の校章デザインです。
現、市岡高校出身の有名人一覧に「柴崎友香」さんがありました。
府立大学で聴講していた頃、図書館の入り口に東野圭吾さんの本と一緒に並べられていた彼女の著作。先生たちが授業で誇らしく語っておられた府大の新星です。
大岡信、谷岡俊太郎編の『美しい日本の詩』の中に取り上げられている三好達治の詩に「空のなぎさ」があります。
なんと素敵なことばでしょう。
空をなぎさに喩える詩人の感性に感嘆です。
これを見つけた時から、ますます、三好達治ファンになりました。
今朝、先ほどの『詩を読む人のために』を何気なく開いたところに立原道造の「わかれる昼に」がありました。
「彼ほど語感に敏感な詩人はいない。深く深く、鋭く、純粋に、強く、その上美しく、一つの心情を隈なく歌うことができる」と評した立原の雰囲気を、もっとお日様の当たるところに連れ出して出来たのが「空のなぎさ」ではないでしょうか。
今日はその詩を書き写すだけで心が満たされました。
ところで、この旅の季節はいつですか。今ですか。
「 『空のなぎさ』 三好達治
いづこよ遠く来りし旅人は
冬枯れし梢のもとにいこひたり
空のなぎさにさしかはす
梢すゑはしなめきて
煙らひしなひさやさやにささやくこえす
仰ぎ見つかつはきく遠き音づれ
落葉つみ落葉はつみて
あたたかき日ざしのうへに
はやここに角ぐむものはむきむきに
おのがじし彼らが堅き包みものときほどく
路のくま樹下石上に昼の風歩みとどまり
旅人なればおのづから組みし小指にまつわりぬ
かくありと今日のゆくてをささんとす
小指のすゑに 」