こころあそびの記

日常に小さな感動を

鴨なんば

 他人が美味しそうに食べていると、自分も食べたくなるのが人間の習性です。
 昨日の朝、火野正平さんが美味しそうに鴨汁つけ麺を召し上がっていたので、しばらくご無沙汰だった「鴨なんば」を食べてみたくなりました。
 ちなみに、我が家の年越しそばは鴨なんばですから、半年ぶりの再会ということになります。
 子供の頃からうどん屋さんに行くと迷わず「鴨うどん一丁!」という人でした。鴨の脂ほど美味しいものはありません。
 鴨すきが大好物だった父の影響でしょうか。贅沢な食べ方をさせてもらったおかげで、鴨の味をしめてしまったのです。
 昨日は、そそくさと仕事をかたずけて、鴨を買いにデパートの鶏肉コーナーへ。
 モモにしようか、ロースにしようかと、迷っている私に「もも肉の方が脂身は多いですが、いい出汁でますよ」と声をかけてくださった店員さんの一声で決定。鴨をゲットしたら、次は迷わず新鮮なネギです。
 なんで鴨はネギを背負って来るのでしょう。それから山椒。これで、完璧とは言えません。
 やはり、見た目が大切とばかり、先日来、目を付けていた丼を買いに行きました。なんと、あと二つを残すのみ。それでも、縁のあった子を買い込んで、手はずは整い、家人の帰りを待って、写真の鴨なんばが出来上がったというわけです。
 お店使いのような重厚な色合いの丼が奏功し、家人に感激してもらえました。調理人の幸せを味わえる瞬間でした。

 鴨汁つけ麺はお店によっては、鴨汁せいろと呼んでいるようです。昔はポピュラーではなかったお品がなぜ登場したか。
 それは、丹誠込めて打ち上げた蕎麦が、温かいお汁に浸かってのびてしまうのが忍びないからではないでしょうか。
 一概には言えませんが、蕎麦職人は寡黙であって、プロ根性を秘めている方が多いと云われます。
 忘れもしません。蓼科にドライブに行った時、道端にポツンとあった一軒のお店のお蕎麦が美味しかったこと。お一人で切り盛りされているにもかかわらず、入ってから出るまで一言も言葉を交わさない偏屈なご主人でした。それでも、未だに我が家の語り種になっています。また、行けるものなら行きたいねと。
 そんな方々にとっては、自分が食べてほしいタイミングがあるはず。それで、せいろ蕎麦(ざるそば)を提供し始めたと勘ぐるのは間違いでしょうか。

 子供の頃は、お腹が満たされることが優先されるから鴨うどんでしたが、この年になり蕎麦の美味しさを知ってからは、やっぱり鴨なんばです。鴨出汁の絡まった蕎麦は至上のお味です。