こころあそびの記

日常に小さな感動を

『壺中居』

 我が庭の紫陽花が色を七変化させるものやら、純な青色を貫くものなど、株によって違う花を咲かせる頃になりました。
 剪定がまずくて姿はぶさまですが、しっとりと華やかに梅雨ですよと季節を教えてくれる花です。

 肥後細川庭園で教わったことですが、アジサイは全て日本原産だそうで、シーボルトが日本のアジサイを持ち帰って改良されたのが「西洋アジサイ」だとか。
 花期が長いことから、この時期にアジサイ寺のツアーが企画されるのも愛好家が多いからでしょう。

 旅の続き。
 東京では完全におのぼりさんですから、日本橋高島屋を出て、キョロキョロ。
 左右を見るまでもなく、道路を挟んで目の前に『壺中居』があったことにびっくりしました。どなたかに道案内されたのではと思うくらいに上手くたどり着けました。
 不思議な店名です。
 NHK美の壺』の座敷に掛かる掛け軸に書いてあるのは「壺中天」。
 壷の中に別天地があるという意味。
 叶匠寿庵のお菓子は「一壷天」。
 これだからいやでしょ。テレビ観ながらお菓子をいただく以上の寛ぎ方を知らない庶民です。

 『壺中居』という老舗の屋号は、その別天地を住居として心豊かな時間を過ごしてほしいという思いが込められています。
 大形先生の授業で『洞天福地』という言葉を習ったことがあります。
 洞窟のような場所のことで、小さな穴があると、人はその先に入ってみたいという冒険心を抱きます。
 そこは桃源郷で、理想世界が待っています。あぁ楽しかった。しかし、二度と行くことができないところがミソだと思います。
 そのあたりが、この世の人間が考えついたように思えてならない笑い話です。
 人間が産道を通って生まれ落ちた記憶がこのように語らせるというのは無理があるでしょうか。


 さて、この老舗の看板。
 店内の階段踊り場に掛けられていたので、
 「写真撮っていいですか?」と若いスタッフに訊ねましたら、
 「いいですよ。会津八一さんの書です。建て直す前は外の看板でした。白いところは何回か漆喰を塗り直したらしいです。云々」と、初々しく説明してくださる姿に好感が持てました。
 
 錚々たる面々が、この看板の元に集まられたのですね。
 白洲正子さんと細川のお殿様がお話されていたなんて。目と心を養うハイレベルの教養サロンです。それこそ、庶民にとっては夢の『壺中居』です。