朝になり、家々から聞こえてくるのは、雨戸を引く音ではなく、シャッターを上げる音になって久しいことです。
近頃は電動シャッターもありですから、子供にも操作できるようになりました。
昔ながらの木の雨戸を開けるのは、少しだけ知恵が要りました。しかも、後ろから、音を立ててはいけない、丁寧に扱いなさいと母の声が飛んできます。
叱られた日を思いながら、シャッターを上げて見上げた空は、灰色一色で雲の存在も見えない有り様でした。
激しい雨が通り過ぎたあとは、樋に水が流れます。その音量で、雨の恐ろしさを実感した朝でした。
こんな日ですから、雨の日にしか味わえない場所を訪れるのも一興とも考えましたが、家で読書するのもまたよしとお籠もりを決め込みました。
幸い、昨日借りてきた中野幸次著『自分を活かす”気“の思想ー幸田露伴『努力論』に学ぶ』が手許にありました。
中野孝次さんは父と同い年。
同じ時代を生きた人を辿ることで、少しは父を理解してみたいということがもちろんあります。
しかし、それよりも中野孝次さんの好きなものが、良寛さんであり、道元さんであるというところに親しみを覚えるので時々拝読しています。
しかも、この本が幸田露伴が考える「気の思想」ということですから、期待を持って読ませていただきました。
幸田露伴は「幸福三説」を説いていることを知りました。
惜福は全部使い切らないで残しておくこと。分福は分け与えること。植福は例えば「りんごの木を植える人」のように、人世に吉慶幸福に寄与すること。
父の時代の人は今よりは漢籍を学んでいましたが、それでも時代は新しい思想を取り込むことに走り出して止まりませんでした。
しかし、その一世代前の江戸時代終盤に生まれた幸田露伴の時代には、まだ、東洋思想が色濃かったのか、あるいは露伴の勉強がそこまで及んでいたのか。”気“というものが、いのちを生かす根源であると記されていることに、漢方を齧る者として心強く思いました。
自然のリズムに従って生きることを“気”を使って説明しています。
払暁に“気が張る”。暮れどきに”気が弛み“、夜には”気が大いに弛む“。
そして、次の朝、日がまた上れば、気もまた蘇って張る。
このように、人と自然を一つのものと見ることが東洋で生まれたのはなぜなのか。いつか知りたいテーマです。
また、中野孝次さんが”気“というものは若い時には分からなかったとおっしゃっています。
深く賛同いたします。
体のエネルギーが有り余る時には分からなくて、減ってきたからその働きが見えてくるとは妙なことです。
年をとるということは、知らなかったことを体で感じられるようになる貴重な年限であることに感謝して生きたいと思ったことです。