こころあそびの記

日常に小さな感動を

送り火

 昨晩は、京都五山送り火の中継をゆっくり見ました。
 日中晴れていたので、大方の予想は三年ぶりの全面実施を楽観していたはずです。
 ところが、点火直前の雷鳴と大雨。
 点火準備に当たっておられた方には、不測の事態の勃発に緊張が走ったことでしょうに、予定の開始時刻午後八時には止んだのです。
 神様は見ておられると実感しました。
 神水と雷神がお清め下さった山々の火は例年にも増して冴えて見えたことでした。
 

 大文字焼きといえば、小学生のとき、当時、七条にあったY病院の屋上から見た記憶があります。
 この病院は、母の竹馬の友が院長夫人でした。
 院長は『五番町夕霧楼』(水上勉著)に出てくる医者のモデルになった方だけに、病院には、いろいろな人の出入りがあって、ミーハーの私には楽しい場所でした。

 母のことを思い出したからではないのですが、写経をしようと思い立ちまして、朝から仏壇の引き出しを久しぶりに開けました。
 そうしたら、長谷寺の「観音経三十三万巻勧進」の写経用紙が二巻出てきました。母の菩提供養は書き上げてあって、もう一巻は手付かずのままでした。
 一巻目を書き上げた日付は、母が没した平成二十一年と記してます。
 その頃は父は存命でしたから、もう一巻の「為」が定まらなくて、そのまま忘れ果てていたようです。
 折しも、来週、父の月命日がやってきます。七回忌がコロナ禍で過ぎてしまったお詫びに、朝から、書き上げてほっとしたところです。
 

 
 煩悩のかたまりの私ですから、写経しながらも、雑念が次から次へと出てきます。
 その一つに、やらねばならないことなら、こうやって誰かが必ず教えてくれるものだという気づきがありました。
 自分にとって、さしてこの世の修行に関係ないことなら、知らずにいても問題ないということでしょう。
 自分が出会える事象や人は、短い人生では限られています。すべての修行を完遂できるはずもないなら、やりなさい!と云われたことだけ、できたらよしとしましょう。
 
 「自分の能力以上のことは、お与えにならない」と、聞きます。神様はいつも、我が子のことを見ておられて、乗り越えられる試練や経験だけをお与え下さるというのは本当だ。と、近頃ますます思うのです。