急がなくてよい。
それは、子育て中には叶わなかったことです。ゆったりと時を過ごせる幸せは、この年になって味わえる至福です。
ユリノキの色づき具合が、木によって個体差があることを、不思議に思って、シャッターを切っていると、保育所に送って行かれるのでしょう。
若いママさんが自転車にお子さんを乗せて、すり抜けて行かれました。
そんな日も、あっという間です。どうぞ、お怪我のないようにと見送りました。
愛の持ち合わせが少ない私ですが、職場に向かう千里川を時間をかけて歩いていると、いつの間にか優しい気持ちになっていることに気づきます。
自分にも、こんな柔らかな心があったのかとうれしく思うのです。
なにが、その気持ちにさせてくれるかというと、「鴨」たちです。
繁殖地のシベリアから帰ってきた子やら、留鳥として国内のどこかからやってきたものなど、すでに数十羽は見かけるようになりました。
自分が飼っているわけでもないのに、飼い犬と同じように声をかけてしまいます。
群れて無心にお食事している姿がたまらなくかわいいです。
そして、リーダーが進み始めたら、食事を中断して、一斉に移動するのも微笑ましいことです。グループを間違えないで、ちゃんとついていくのです。
動画を撮って、何度も再生して見ています。ブログに上げてお見せできないのが残念です。
その画像を見れば、誰でも気持ちが緩んで優しくなっていることに気づくはずだと思うのですが。
ナンキンハゼが実をつけて、葉っぱは紅葉が始まりました。
この微妙に美しい色合いを写せる絵描きさんが羨ましい。
自分は、スケッチブックを開いた途端に、手が止まってしまうのです。
セグロセキレイにも出会いました。石から石へ。上手に飛べるんです。
この成虫の形で越冬するようです。来春にまた、会えたらいいね。
アキニレ。
こないだまで緑色だった実が色づいて、葉っぱとの美しいコントラストが目を引きます。
『優しい時間』という倉本聰さんのドラマがありました。
人間が優しくなるためには、大きな崖っぷちを経験することが必要と倉本さんはお考えなのでしょう。
あるいは、そんなドラマがないと、人は大切なものに気がつかない。反対に、その鈍感さがあるから、若人はチャレンジできるともいえます。
いずれにしても、この世に生まれて、放り出された海を泳ぎきった先に優しい時間が待っているのかもしれません。