一面の鉛色がほどけて、西風が起こり雲が動き出しました。
冬がやってくる。
「風雨順時」という言葉を、川上ミネさんのピアノ詩で知りました。彼女の静謐で切れのいい音が奈良の風景に溶け込んでいます。
季節が一つ前へ。
『千字文』は、 「天地玄黄 宇宙洪荒」という有名なくだりから始まって、
「寒来暑往 秋収冬蔵」と出てきます。
今、まさにここだなぁと古人と同じ想いに浸っています。
「寒さがやってくれば、暑さは去ってゆき、秋には作物を刈り取り、冬にはそれを蔵に収める」(岩波文庫、小川環樹・木田章義注)
『千字文』は梁の武帝が周興嗣に命じて、皇子たちの習字手本として作らせたものです。
用いた千字は一字の重複もなく、一句四字で一句おきに韻を踏んでいる超秀作です。
一晩でこれを考えた周興嗣は、頭髪が真っ白になってしまったという話が有名です。
字体は王羲之の書体を集字したものといわれています。
隷書から草書への転換点にあった頃のお話です。
その後、七代くだった孫の智永が書いた『真草千字文』が世に広まっていきます。
「字は筋を引く」と、昔の人はよく口にしましたが、このことかと思うエピソードです。
百済の和邇のよって、日本にもたらされた『千字文』は、恐らくはこの写本ではなかったでしょうか。
その後、人の手を経るに従って字体の変形はあったにせよ、この手本が他の追従を許さなかったのは、南朝の貴族の作にふさわしい美文にあります。
天地星辰に始まり、人間を取り巻く自然から人の生きかたまで、内容にその時代の思想と気分が表現されています。
書いた記憶はなかったのですが、恥ずかしながら一度は書いていたようです。
子供が習字を習っている間、付き添っていた私に、手持ち無沙汰でもと先生が与えて下さった手本が『千字文』でした。
「天地玄黄」。この大地に生きている小さな自分。これだけで、十分に雰囲気を味わえるお手本です。
続く「宇宙洪荒」。宇は空間、宙は時間を表す漢字です。“大空はおおいに遠きなり”
この韻文を残してくださった周興嗣という古人に感謝して、練習してみようかな。
昨晩、NHKで「木村多江のいまさらですが」という番組が始まりました。また、今朝の「朝晴れエッセー」には「紀州かつらぎ熱中小学校」に入学する喜びが書かれていました。
老いて学ぶことは楽しいことです。
子供の頃は、配られた課題を深く知ろうともせずに、ただただこなすだけでした。
人生や意味を考えながら勉強できるようになった老年期は考えようによっては至福の時です。
特に、古人の歩いた道を解説書を片手に逍遥するのが好きです。悲しいことに幾度通っても、忘れます。そのたびに、逆戻りです。気にしない気にしない。