投薬には、薬の説明よりも大切なことがあると思っています。
薬については、ドクターに訊いておられる部分もあると思われますから、繰り返しは必要最小限に抑えていいのではないか。
では、他になにか?
それは、ドクターを前にして緊張を余儀なくされて、堅くなった心を解いてさしあげることが、仕事のうちと心得ています。
もちろん誰彼とめくらめっぽうとはまいりません。入ってこられるときの匂いというのでしょうか。こんな私でもお役に立てそうかどうかを、相手を見ながら判断します。
こないだも、ちょっと辛いことがあったという方とお話ししました。しばらくお話してたら笑顔をお見せ下さったので、お大事にとお見送りしたことです。
当たり前ですが、元気の安売りはしていません。彼女の心を一瞬でも緩められたらいいなぁと思っているだけです。
横で聞いていた事務の人が私の顔を覗き込んで、「悩みないでしょ」と言ってきました。
戸惑う表情を読み取って、「努力してるんですよね」と、重ねて言ってきたのは、彼女が大人である証拠でした。
そう。私も子どもの時から、つい最近まで、苦労性の心配性でした。
しかし、いつの間にか、そんな過去があったことさえ忘れていることが多くなりました。
どんなことにも練習が必要です。こうなるまで、長い年月がかかりました。
その練習は、やがて、この世だけでのものではなく、阿頼耶識にまで蓄えられるものと信じています。
自分を変えていく。その過程に、この世で果たそうと決めてきた課題があるかもしれないと思っています。
「悩みがない(ように見える)」人になりたくて、本を読んだり、人のお話を聞いたり、出来る努力はしました。
その結果。こだわりを持たないというシンプルな法則にたどり着くことかできました。
健康な人の笑顔は見ていて気持ちのいいものです。何も考えてないと揶揄されることもあるくらい楽天的です。
そんな人になりたければ、過去や未来へのこだわりを捨てることだという気づきほど自分を助けた言葉はありません。
辛いことを無理に消そうと考えなくてもいいのです。
悲しみを抱いていることで救われるとお釈迦様も仰っています。
ただただ、こだわらないこと。それが健康に毎日を生きるコツです。
薬より大切なもの。それは、生き方です。
薬に添えるアドバイスが、「あっけらかん」と過ごす。「お気楽」に生きる。であったら、ふざけるなと云われるでしょうか。
でも、これ、ホント。