こころあそびの記

日常に小さな感動を

止めない限り失敗はないのです!

 

 雨上がりの朝の運動場。スニーカーの靴跡に混じって、こんな足跡が。これって、カラスですか?意外に大きい足してるんだと、へんに感心してしまいました。

 

 

 今朝、お弁当作りの傍らで流れるニュースに、エエッ!こんなこと言っちゃって、と手が止まりました。

 それは、17日の「h3ロケットの打ち上げ中止」に際して、マスコミ対象に行われた会見の映像でした。

 

 

 種子島宇宙センターまで行って、現場近くで固唾を飲んで見守っている人々の祈りや、子どもたちの夢を無惨に砕いた発言でした。

 記者の方なら、希望に胸膨らませて集まった人々に取材もされたはずです。

 その場の雰囲気を誰よりもご存知だったのに、ひとりの共同通信社の記者が、「結局、それを世間では失敗というのです!」と言い捨てたのです。

 JAXAの技術統括者が、涙を流しながら、傷心の心を奮い立たせて、飛ばなかった原因を説明されたにも関わらずです。

 なにがなんでも、「h3打ち上げ失敗」という見出しにしたいという本音は、社是だったのかと勘ぐりたくなります。

 こんな冷淡な心のない言葉で書かれた記事を読者が欲しているとお思いなのでしょうか。

 昔は新聞記者はヤクザな商売といわれたものです。こんなことでは、その汚名はいつまでも消えないのではないかと危惧してしまいます。

 

 

 共同通信社の会社説明には「日本を代表する総合国際通信社」とあります。

 実は、もう三十年も前に、豊中市婦人会館で作文を教えてもらっていたことがありました。先生は共同通信社の記者を退職された方ということを誇りに思ってきました。それだけに、このものの言い方に愕然としてしまったわけです。

 

 

 いや、たまたま彼一人がおかしな人だったと弁解されても、それは世間が許しません。それこそ共同通信社全体をへんな会社と記憶することでしょう。

 彼が言い放った「世間の常識」と、庶民の常識が乖離していることに彼は気づいていない。それは、記者としてどうなのでしょう。

 多様化の時代ですから、マスコミのお仕事の難しさは理解しています。しかし、最低限の思いやりの心は無くしてほしくありません。ましてや、新聞記者なら、言葉のプロとして、悔いのない発言を研鑽されることを願います。

 他の社員の方や先輩方を貶めることのない言葉使いを。そして、読者を裏切らない会社であってほしいです。