こころあそびの記

日常に小さな感動を

正当にこわがることの真意

 

 紫色のクロッカスが咲きました。

 ツヤツヤした花びらと、細い葉っぱのアンバランス。

 春の到来を確信しました。

 

 

 今日は愛犬の狂犬病予防注射に行ってきました。

 日曜日だというのに、動物病院は満員でした。

 

 「うちの子は(猫)、18才。去年、具合が悪くなって先生に何とか助けてやってとお願いして、胆管と腸をつなぐ緊急手術をしてもらいました。

 今は、こうして毎日点滴に通ってます。私も年やし、独りで点滴はできないから。」というお年寄り。

 そんなお話してたら、病院の入り口に横付けした車から、男性が点滴を終えた器材をダンボールで運び込んでこられました。

 その後に続いて奥さんとおぼしき方が、犬を抱いて入って来られます。

 「うちは、家で点滴してるんです。12才の保護犬でうちに来てから5年です。実家には犬4匹、猫2匹います」。

 

 どなたも、なんでこんなにやさしいのでしょう。

 私も数匹の犬を見送りましたが、こんなに手厚い看病をしてやることなく逝かせてしまいました。

 多分、この世で最後の相棒となる、この子をだいじにしなくてはという思いが広がったことです。

 

 今日は動物ネタの多い日で、買い出しに行こうとカーラジオを付けたら、『子ども科学電話相談』の放送が流れました。

 

 「なんで、猫の兄弟は毛色がちがうんですか?」という質問をしたのは、小学三年生の女の子でした。

 こういう問題に、電話という音だけで解答するのは、難しいことでしょうに、たまたま、この女の子がたいへんな物知りだったので、解答までたどり着くことができました。

 

 

 久しぶりに「メンデルの法則」を勉強させてもらいました。

 丸々したエンドウ豆と、シワシワのエンドウ豆で遺伝実験して、遺伝子には優勢と劣勢があると発見したお話でしたね。

 猫には、毛色を決める遺伝子が9つもあって、突然変異することもあるから、どんな毛色になるかは、予測できないという結論でした。

 「三毛猫のオスって見たことある?」と先生。

 「ないです。三毛猫はメスが多いと聞いてます。」

 「そうなんだよ。よく知ってるね。オスはほとんどいないんだ。」と応えられた先生に、「私、知りませんでした」と手を挙げたくなりました。

 

 さて、今や下火になったとはいえ、コロナ騒動が完全に終わったともいえない状態です。

 コロナウイルスは、遺伝子やDNAのことを広く啓蒙する端緒となったに違いありません。。

 しかし、DNA,RNAがメンデルの法則くらい、だれにでも理解できる形になるまでには、出版された本を読む限り、もうしばらく時間がかかるような気がしています。

 

 

 そこに確かに存在する。けど、見えないもの。しかも、コロコロ変異する。もっといえば、有史以来、一緒に生きてきた同朋。

 そんなことを知れば知るほど、共存の道を探ることでしか、戦いを終結する道はないのではと思ったりします。

 

 「正当にこわがることは、なかなかむつかしいことだ」と、物理学者の寺田寅彦が書き残しています。

 これは、敵を甘く見るのではなく、正当な知性を働かしてこわがるということを指しています。

 この知性の中には、なにかおかしいと感じる違和感が含まれます。

 

 近い将来、科学が見えないものを白日の下に晒してくれる日が来ることでしょう。

 でも、それは、今を生きる私たちには役立たない可能性もあります。だったら、『勘』です。

 犬や猫など、自然の中で裸で生きる動植物が持つ『第六感』が、本当の意味で知的な生き方だったりして。