こころあそびの記

日常に小さな感動を

法隆寺大宝蔵院の扁額

 

 さて、行かれたことのある方はお分かりでしょうが、法隆寺境内は広大です。

 西院伽藍、大宝蔵院、東院伽藍(夢殿)と三つのエリアごとに、参拝券にパンチを入れてもらって進みます。

 二つ目の大宝蔵院は、貴重な文化財保護のために、平成10年に落成した宝蔵庫です。

 その入り口の朱塗りの中門をくぐろうとしたとき、なぜか立ち止まってしまいました。

 お寺の扁額なんて、どうせ読めないから見上げることもなく通り過ぎることが多いのですが、この字体には見覚えあり。待てよ!ひょっとしたらと、其処におられた世話係の方に伺ってみました。

 「あぁ、これは榊莫山さんです」

 やっぱり。こんなところでお目にかかれるなんて、うれし過ぎました。

 

 惜しいことに、2010年に84歳で亡くなられましたが、あの独特の字体は、彼しか書けないものでした。

 書であれ研究であれ、勉強すればするほど、型から抜け出せなくなることは、よくあることです。

 それでも、すべてを知った上で自分のスタイルを作り上げ、それが大衆に受け入れられるのは至難のことだと想像します。

 それをやり遂げた人と、今回のように思わぬところで出くわすと、生前のお顔が思い出されてなりません。

 

 

 この写真は播州上郡町の『円心太鼓』です。ホームページからお借りしました。

 この字体。いかにも莫山先生らしいでしょ。

 もう三十年も前、上郡町教育委員会からの依頼で、縁あって、私が車を走らせてお届けした書です。

 この太鼓が地域の活性化に使われているように、日本じゅうに莫山先生の遺作があるとは、これまたうれしいことです。

 

 

 たとえば、東大寺の入り口にあるこの「世界遺産登録記念碑」も莫山先生の手になるものですし、もっといえば、東大寺の歴代管長に親しかったご縁で、東大寺の写経手本は莫山先生が書かれています。

 

 

 悩み多き中年の頃は、お寺に行くと、写経したものです。

 もちろん、こちらの東大寺写経も納めさせていただいています。莫山先生の書をなぞるのは、修行からはかけ離れるのですが、心楽しいことでした。

 

 

 莫山先生の座右の銘は「人皆直行 我独横行」です。

 彼がガチガチに固まった書道会と縁を絶って、独立独歩したくなった気持ちは理解できます。

 古い体質に甘んじられる質ではなかったのでしょう。

 それでも、あれだけ愛された書体ですから、それは彼の人柄ゆえのことだったのかもしれません。

 

 

 また、いつか、どこかで、この字に出会うことがあるかもしれません。そんなときは、あの笑顔が浮かんできて知らず知らずのうちに笑顔になってしまう、それが莫山先生の字です。