こころあそびの記

日常に小さな感動を

前へ前へ

 

 久しぶりにその坂道を登ったら、いつの間にか里芋がこんなに大きく育っていました。生産者の方が「大きくなりますよ~楽しみにしていてください」と、いつかおっしゃっていた通りに、背丈ほど大きくなっていました。丹精をこめられた成果です。

 掘り出された形跡はまだなかったことに安堵。農協に並ぶ日を楽しみにしています。

 

 

 きのうの夕刻。買い忘れた品物を買いに近くのスーパーに行ったときのお話です。

 そろそろ勤め帰りの人で混み始める時刻なのに、レジは2台しか開いてなくて、それぞれに男性が任されていました。丁度、私が並ぼうとする直前に、ハプニングが起きたみたいで、レジ担当の一人がお客様対応で抜けてしまったのです。

 動いている列に並んだつもりが、一向に動かなかったので、前の男性が隣のレジに移動されたのにつられて私も移動しました。そしたら、今度はこっちのレジ担当者がその場を離れたので、私の前の男性が、また、移動してしまわれました。

 そんなつまらない一瞬が、なぜ、心に残ったかというと、私と同じように右往左往させられたにも関わらず、「あっちのほうが早いかも」と振り返られたお顔が笑顔だったからです。

 彼の爽やかな対応で、並んでいた人々に待ち時間を忘れさせたのです。

 どんなに小さな混乱であっても、こんな人が一人いるだけで、人間は正気を取り戻すことを勉強させてもらいました。

 

 

 イチジクが大きくなってきて、

 

 

 特に立派な子には、袋がかけられていました。

 「朝取りは美味しいよ~」と聞いています。農協通いする人の気持ちが分かります。

 

 

 スーパー話をもう一題。

 先日、上沼恵美子の「こころ晴天」で、買い物袋のことを話題にされていました。

 大きな声ではいえませんが、日本ほどの人口の国で、プラスチックバックを減らしたところで、地球全体の二酸化炭素削減に、目に見えるような貢献はできないといわれますが、それは、横に置いといて。

 ある日のレジ担当者とのやり取りを、上沼さんが面白おかしく取り上げておられました。

 「紙にしますか、プラスチックにしますか」から始まって「大にしますか、小にしますか」と訊かれた上沼さんが「小で」と言うと、その店員が申しわけなさそうに「小では・・」。「なんやのん。それなら初めからそう言えばいいやんか。どれだけ時間食わすの!」と、ラジオで吠えまくる。

 そこが、主婦の鬱憤晴らしには最高なんですよね。

 何気ない日常からの切り取り。なんで、この人、こんなにうまいんでしょう。

 「私、死ぬ何時間前まで、ずっと話してたいねん。この仕事が大好きやから」と。

 「劇場が私のひとことで、どっと沸く。あの気持ちよさを知ってしまってん」とも。

 淡路島の人は頭がいいという噂は、本当やと、この人を見るたんびに思います。

 

 

 今月号の『致知』の中の記事に、「脳がもとめる生き方」をスポーツ脳科学者の林成之先生が書いておられます。

 「潜在能力は誰もが持つ才能であり、それを高めることはできる」。そして、その力を高める原点は「人のために生きる」ことだと仰っています。

 上沼恵美子さんは、自分一人のために、万歳するわけではありません。聴衆がどっと受けてくれる、そのために、全力投球されているはずで、そのことで、また、次なるネタを探す。その好循環が彼女を老いさせないのでしょう。

 最後に、この記事で気になった部分をお伝えしたいと思います。

 それは、潜在能力にも弱点があって、ゴールや最後を意識した途端にトーンダウンするということです。

 これだ!と思いました。

 この齢まで生きて、やっとゴールが見えてきたとつい思ってしまう今日この頃です。

 それは、いのちに対して失礼だと反省しているところです。