こころあそびの記

日常に小さな感動を

つづき

 

 青い空に白い雲。

 文句なしの好天です。美しい自然を満喫しながら到着した「大江山口内宮駅」は、降り立つ勇気が萎えるくらい何もない、駅舎なし、改札なし、人影なし。むき出しのホームだけがぽつんとある駅でした。

 あまりのさびしさに、写真を撮る余裕さえなくしていました。

 

 実は、降車前に、運転手さんに尋ねたのです。

 「あの~ここ、神社のあるところですよね?」と。

 その返事が、首を傾げるという仕草であったことが不安を増長させました。

 さっさと出発してしまった電車を見送りながら泣きたい思いでいっぱいでした。

 夏休みというのに観光客がいないなんてありえないことです。

 降りたのは私ともう一人の男性の二人きりでした。

 

 

 しょうがない。なにもない風景の中に取り残されてしまった限りは、自分が持てる勇気を振り絞るしかありません。

 階段を下りようとしたところに大きな蛾が横たわっていました。成虫になって一週間のいのちといわれるオオミズアオです。

 汗を拭き拭き後ろから下りてきた男性が、蛾にカメラを向けていた私に、何やら言葉をかけてこられました。というより、かけてもらったようで、なんと言われたのか覚えがないほど不安でした。

 普段は、見ず知らずの男性に近寄らない私ですが、きのうばかりは、頼らざるを得ないことに。

 

 

 二人で観光案内所まで行ってみましたが鍵がかかって静まり返っています。

 あきらめて、案内板を見ながら内宮入り口に到達できたときは、ほっとしたのと同時に、知らない間に、彼との距離も縮まっていたのです。

 彼は、東京から朝一番でやってきた人でした。私より10歳ほどお若いわりに、汗だくの様子。訊いたら、ここにくる前に外宮にも行ってきたといいます。

 外宮はこの手前の駅。猿田彦さんの駅です。あとでわかったのですが、そのお参りで、彼はすでに5000歩も歩いていたのです。

 

 

 退職後、したいことをしようと、こういうメインから外れた神社仏閣巡りをされているとか。

 ここも、あそこもと話が弾み出すと、自分も結構お参りしていることが分かって、うれしくなってきました。

 それにしても、神さまは、なんと都合のいい道連れをお恵みくださったことでしょう。

 もしも、彼が頑強そのものの人なら、お先に!と行ってしまったことでしょうに、スタミナを使い果たし気味の彼だから、「大丈夫ですか」と労り合いながら、優しい気持ちでお参りすることができました。

 彼を遣わしてくださった神さまのおかげです。感謝。

 

 

 ちなみに、ここが彼が一番感動した場所、日室ケ岳遙拝所です。

 夏至の日は、真東にある伊勢神宮から昇った太陽が、このお山の頂上に沈むところが見られます。

 

 

 「夏にこんなところに来るべきではない」と吹き出る汗を拭き拭きつぶやく彼でしたが、私は内心、この日に来られて良かったと思っていました。

 寒いところは寒い季節に行くべし、というのが私のポリシー。盛夏のこの日だからこそ、記憶は深く刻まれるはずです。

 木立の間から見え隠れする夏空と夏雲を見ながら楽しい時を過ごすことができました。

 それもこれも、彼のおかげでした。

 見ず知らずのままお別れした恩人に、心からお礼申します。きっと、神さまがこの想いを届けてくださると信じて。