こころあそびの記

日常に小さな感動を

お帰りなさい

 

 日の入りが早くなってしまって、高台に駆け上がったときには、マジックアワーの幕が閉じようとしていました。

 一番星が南西の空に見える時間帯。何を願いましょうか。若いときには切なる願いがあったはずなのに、今となっては、その美しい天然の中に同席できていることに感謝するだけです。

 

 

 好天の誘いにのって、千里中央公園に行ってきました。

 

 

 鞍馬山の木の根道を思い出させるような根っこの上に朝光の影。あのお山もすでに冬支度を済ませたころでしょうか。

 

 

 交差点にある二本のサンシュユの木に艶々した赤色の実が鈴なりでした。

 公道ですから人間が収穫するのではなさそうです。冬の間、小鳥たちのいのちを支えてくれることでしょう。

 

 

 私の心鷲掴みのナンキンハゼの紅葉。白い実が控えめなアクセントです。

 

 

 高さにして7~8mはありそうなところに、小さな柿がたくさん実っているのを見つけました。誰の手も届かないということは、これも鳥たちの食糧ですね。

 日本には古くから「木守り(きまもり)」という風習があることを思い出しました。

 柿を収穫するとき、ぜんぶ採るのではなく一つ残しておくのです。それは、木への感謝の気持ちであったり、鳥や旅人へのお裾分けの為です。

 自然に生える柿の木がその役目を果たしてくれているのを見て、人為的ではない循環を感じて、厳かな気持ちになりました。

 

 

 お目当ての池に、たくさんのカモたちが浮かんでいるの発見しました。

 みんな、この数日の北風に乗って帰ってきたのか、羽繕いしたり首を丸めて眠ったり、旅の疲れを癒やしているように見えました。

 双眼鏡でよく見たら、写真の奥の方の暗い影になっているところに、鴛(おしどり)が数羽もいました。鴛は水辺にある木から落ちてくるドングリが主食ですから、あのあたりにいることが多いのです。

 「鴛というけれど、あいつ等は一年ごとにパートナーを変えますんやで」と、私の隣で望遠カメラを構えてる男性が話しかけてこられました。

 鴛自身は夫婦円満の象徴にされているなんて思ってもないことでしょう。

 人間が、添い遂げることを美徳としたいがために、あの美しい鳥をその象徴に祭り上げたのではないでしょうか。

 神のデザインとしか思えない彩色は見飽きることがありません。観察小屋からシャッターチャンスを狙う人影あり。鴛が明るい所に出てきてくれるのをじっと待てるのは老後の余裕です。

 お帰りなさい。長旅に耐えた鳥たちがゆっくり休んでくれることを願って、これから始まる冬の楽しみを謳歌したいと思っています。