こころあそびの記

日常に小さな感動を

歩き回った一日

 

 今日は七日。役行者の縁日です。龍安寺護摩供養に行って、行者堂で煙に巻かれて燻してもらえば、何となく穢れが除かれたような気になるところが凡人の証でしょ。

 そう言えば、こないだの「大シルクロード展」で見つけた「増上慢」。「卑下慢」に続いてまた一つ、自分を戒める課題をもらったのは、まだまだやで、ということ。ありがたく心に留めて、精進あるのみです。

 

 

 午後から関大の聴講にまいりました。

 

 

 写真は欅の一番上の梢の先に残る葉っぱです。よく見ると、小さな実が付いています。これは、着果枝と呼ばれるそうです。なぜ葉と実がくっついて落ちるかというと、葉が羽根の役割をしてくるくる回りながら、少しでも遠くに種を飛ばすという欅の知恵なのだとか。

 これらは、ずっと以前に参加したバードウォッチングの先生に教えていただいたことです。それを今日は自分の目で確かめられてうれしいことでした。

 

 

 また、こんなラクウショウの実もいっぱい落ちていました。秋からずっと枝先にくっついている実が気になっていたのです。どうにかして採れないものかと。

 今日、地上に落ちている割れた実を見て、あれまあ、学生さんに踏みつけられたのかしらと思って調べたら、熟した実は殻から飛び出してしまい、その残りの殻が地上に落ちたものと分かりました。

 試しに殻を拾ってみたら、ヒノキのようないい香りがしました。ただし、殻にくっついてる油は松ヤニのように取れにくいので、お手にされるときはお気をつけ遊ばせ。

 

 

 大形先生の授業は来週でおしまいです。若い人に混じれる日もあと一回。

 今日の授業は漢字でした。

 上の甲骨文は何という漢字でしょうか。

 Aの逆さまみたいに見えますが、これは上が左足の足跡、下が右足の足跡です。左右左右と歩くことを表しています。

 それを中国の簡体字では次のように書きます。

 

 

 あれ?一画足りないように見えます。でも本当はこちらが正しいみたい。

 上部を下に反転させたのが、この字だとすると、三画が正解。「少」と書き出したのはいつのころからなのか・・

 たった一字でこんなですから、漢字世界は興味が尽きない楽しい研究であるに違いありません。だとしたら、勉強に背を向けて生きてきた時間を後悔するかと問われれば、否、もとからそういうふうには生まれついていないと我を張る性分が恥ずかしいことです。

 

 中国哲学は魂から漢字、果ては中国医学から養生まで幅広い教養講座です。知りたいことの宝の山を遠望できたことに感謝しています。