こころあそびの記

日常に小さな感動を

お参り三昧

 

 桃色は、梅にも桜にも及ばない優しさがあります。

 その色の染色には、桜色や梅色と同じように紅花を用います。桃が桜より濃いので、桜色よりも濃く染めて発色させると吉岡幸雄さんの本に書いてありました。

 

 

 今日は龍安寺護摩供養の七日です。

 供養の前に、滝まで上がってから下りてこようと、滝道を歩き始めたところ、眩しさが先月と違うのです。

 あれっ!遅刻したかなと思いかけて気づきました。そうなんです。日の出が早くなっていたのです。

 月日の経過はこんなことでも感じることができるのですね。

 

 

 照葉樹の代表選手である椿、ヤブツバキが咲き始めていました。つるつるの葉っぱに陽が当たると、その林だけ白く輝いて見えたことです。

 この時期、落ちた花が遊歩道の柵の上に一つずつ置かれているのを見かけます。思わず置きたくなる人がいる一方で、並んだ真っ赤な椿の花と写真に収まる人がいて。

 人の脳は全方向に感じるとき健全であるといえるそうです。人にはそれぞれ好みというものがありますから、すべての人が滝道で同じ感じ方をするわけではありません。が、椿の花を介してどこかで繋がる行動に人のぬくもりを感じます。

 

 

 滝は午前10時あたりに、虹がかかります。

 今日は少し早めでしたが、飛び散る水に虹が見えました。一瞬で消える七色。

 護摩焚きまで時間があったので、久しぶりに、頼山陽の石碑を読みました。この滝に、頼山陽が母親を連れてきたことから、「孝養の滝」といわれたようです。そういえば、駅から上がるかかりに、笹川良一氏が母をおぶっている石像があるのは、そのいわれからなのでしょうか。

 

 

 風が吹き通る寒い行者堂でしたのに、今日の護摩焚きはあっという間に終わった感がありました。それだけ集中できたということ。寒中だから修行に念がこもることを実感しました。

 終わって、お下がりのお煎餅をもらって外に出たら、雪模様だった空から日が差し込んできました。

 こういうのって、なんかうれしいですよね。

 

 

 帰宅後、『六十歳のラブレター』の録画を観て泣いてから、娘に誘われて犬と一緒に春日神社へ参りました。

 お参り三昧の一日。

 神様同士が妬み合うから、あちこちにお参りするのは良くないと言われても、それは人間側の言い分。神様がそんな狭量であるはずはないと不信心者と笑われようと神頼みに励む婆さんなのです。