こころあそびの記

日常に小さな感動を

ご主人の腕時計

 

 枝垂れ柳の枝が風に靡く様子が、今日のベストショットです。

 

 

 花が付いています。雌木です。

 中国北京の春の光景として有名な柳絮。日本では、嫌がられて雌木は少ないそうですが、こんな所に植わっていたとは嬉しい発見でした。

 子供の頃は見ていたと思うのですが、大人になって、これが柳絮なんだと意識したのは大阪府立大学校内のポプラでした。

 高い枝から風に乗って飛ばされる白い綿毛が道路を真っ白にするくらい降ってくるのは見応えがあって、町の子の私を喜ばした光景でした。

 ですから、柳を見かけたら尋ねてしまうのです。あなたは男の子?女の子?と。

 

 

 ところで、こないだ、友人の手首に大きな腕時計が巻かれているのを見た時、華奢な彼女が選ぶ時計ではなさそうだったので、多分それはご主人のものだろうと察しがつきました。

 聞けば、ベルトを交換してもらったと話してくれました。臙脂色のベルトは可愛らしい彼女にぴったりで、ご主人を身に着けておられることを羨ましく思ったことです。

 

 

 でも、実は、彼女の腕時計を見た瞬間、仏壇に置きっぱなしの母の腕時計が浮かんだでいたとは言えずにいました。

 あの時計は、母がさみしさを紛らわすために購入したのではないかと思っています。

 誰も寄り付かなくなった家で独居していた晩年、突然、時計を買ったというのです。もう、時計の出番はないころでしたのに。

 それは、今から20数年も前のことでした。

 そして、遺品整理も済んでいるのに、なぜか、仏壇にチンと居座っていた時計。

 友人の時計を見ながら、そんなことを考えていたなんて内緒です。

 

 

 そのまま忘れていたのですが、今朝、思い出して時計屋さんに持っていってみました。

 もちろん止まったままの時計ですから壊れていると思い込んでいました。直せるものならと、淡い期待を抱いて持ち込んだ時計屋さんで、「動きますよ」と言われて、びっくりしました。

 嘘っ!今まで放っておいてごめんね。

 今日、動き出した母の時計。

 ひょっとして、明日、私が孫娘と出かけるのを知って、「私も連れて行って」と動き出したのかしら。久しぶりに母を旅行に連れて行ってあげられる。

 それもこれも、友人のご主人の腕時計のおかげです。

 ありがとうございます。

 あの世、この世という境目はないのだと信じないではいられません。