こころあそびの記

日常に小さな感動を

これだけはという強い意志

 

 今日は大形先生の古希祝賀会が開催されまして、末席を汚してまいりました。

 この書の署名は「愛新覚羅」とあります。清国、乾隆帝から数えて九代目の子孫です。他にも、祝賀会の参加者の中には孔子の百何代目の子孫の方もおられるという賑やかなパーティーでした。

 ちなみに「聚」は集まるの意味ですから、賢者の集まりというお祝いに贈呈するにはぴったりな書でした。

 

 

 今日はお天気も良かったので、会場に行く前に四天王寺に寄ってみました。

 この四天王寺の西門にあたる極楽門。何度も通りますのに、気づかなかったことを発見!

 

 

 なんと、松下幸之助さんが寄進されていたことを、初めて知りました。信仰心の篤い人と存じてはいましたが、こんなところにまでとは。神仏に選ばれる人は、それだけのことをなさっているのですね。

 

 

 なんども何度も通い詰めて初めて腑に落ちたり気づかされたりすることがあるもので、今日もそんなことがありました。

 金堂内の中村岳陵さんの絵を見て回っている時、「初転法輪」の説明を読んでから、見上げた釈迦のお顔は穏やかそのものでした。

 初転法輪とは、釈迦が悟った後、初めて教義を弟子に説く場面です。

 それまでの苦悩の表情は消えていたのです。

 それを見て、私たちの人生も同じようでありたいと思いました。与えられた修行を終えたら、柔和な顔になりたいものです。よい人生を生きた証が、どこかに必ず現れると思っています。

 

 

 つぎに講堂へ、釈迦如来と十一面観音に会いに行きました。

 金堂の壁画は釈迦の一生ですが、こちらは、玄奘三蔵法師がいかに厳しい旅を強いられたかを描いています。

 教えを乞うべく訪ねた戒賢は痛風の悪化で自死を選ぼうとする寸前でした。その時、戒賢は夢で「東から訪ねてくる者がある。教えてあげなさい」と、天女達に囁かれ、自死を思いとどまって玄奘を待ったと書いてありました。

 私はまたそこで、この世の仕事が終わらないうちは、そう簡単にはお迎えは来ないことを知らされた気がしました。

 

 果たすべきことを果たさねばならないこと。その時には、柔和で穏やかなお顔になれること。

 そんな当たり前のことが、なぜか今日は気になった四天王寺でした。