
仕事が終わって外に出たら青空が見えました。
それで気づいたんです。あれっ?朝方からのどんよりした体の感じがなくなっていると。
近頃は気象病なんて名前がマスコミに売り出されたものですから、若い人まで雨が降ったら不調を訴えるようになりました。カーペンターズも歌っているのですから、それは間違いないところではあるのですが、高齢者のお天気との関わりは、とても単純。年々、五感が無意識にではありますが、冴えてきてるように思います。
自然現象に順応しやすくなるのは、身体の防御力が弱ったからかもしれません。素直に従ってしまうのが高齢者の特徴の一つではないでしょうか。
ということで、この晴れ間を身体がよろこんでいます。

さて、昨日の続きです。
法輪寺の三重塔にたどり着き、あぁこの前の一本道から幸田文さんもご覧になったのだ、そう思うだけでありがたくてうれしくて、門をくぐりました。
講話会の前に、先日お目にかかった住職さんが取り仕切られて収蔵庫で法要があったあと、場所を妙見堂に移して、中興の祖である寳祐上人のお話がありました。
このお寺は、聖徳太子のご病気平癒を願って、御子である山背大兄王が創建されたという説もあるくらいの斑鳩の古刹ですのに、台風や落雷など度々被害を受けてきました。
それを再興しようと江戸時代に立ち上がられたのが寳祐上人でした。

その甲斐もなく1944年に落雷で焼失したのが国宝三重塔でした。
その再建に携わられた三人のお方。それが法隆寺再建の設計者であった竹島卓一博士、最後の宮大工と言われた西岡常一棟梁、そして作家、幸田文さんです。
皆さま、朗報です。この感動のお話がNHK·BSで再放送されるそうです。
日時は、来る7月2日(水)深夜0∶15〜『新日本紀行』です。よろしかったら、今は鬼籍に入られた方々の熱い魂の画像をご覧下さいませ。

妙見堂の講話が終了して、渡り廊下を歩いていましたら、ガラッと引き戸が開いて薄い小豆色の作務衣を着たご老人がお出ましになりました。
88歳になられる住職のお母様でした。
「住職さま、しっかりお務めですね」
「あの子にはかわいそうなことしました。主人が46歳で亡くなったものですから」
娘の心配をされる老母のお気持ちが、このお寺に流れる温かさではないかと拝察したことです。

外に出てから、会津八一の歌碑の写真を撮っていたら、総代さんが話しかけてくださいました。
「西岡棟梁に会われたことあるんですか?」
「はい、そばで見かけただけですけどね。木のいのちを大切にされていて、北向きに植わって育った木は北へ、なんていうもんだから···。しかも、千年経った建物は千年もつことが証明されているけど、今から建てる建物は何年もつか分からない、とね。」
西岡常一さんは最後の宮大工、頑固一徹な技術者でした。おっしゃることが、まともなのです。
昔読んだ「木は生きている」を借りたくて、図書館に寄ってきました。
彼に会えるのが、楽しみで仕方ありません。年を経た今だから、一層びんびんと響いてきそうです。
