
今日は娘も休みというので、孫とワンコを連れて、豊中にあるドックランに行ってきました。
真上をジャンボジェットが通るたびに、大急ぎでスマホを向けますが、大概は通り過ぎたあとです。

「木陰って気持ちいい」と娘が言います。
確かに、直射日光の射す場所と木陰では明らかに気温に差があることを、この猛暑だから感じます。
そして、こんな炎暑であっても葉を繁らせる木々の生命力に感服するのです。

脇を流れる水路ではヒシが繁茂し、赤トンボが次代のいのちを繋ぐために飛び回っていたりするところも見られました。

四季咲きのバラが咲いていました。この花は「スヴニール·ドゥ·アンネフランク」というベルギーのバラだそうです。名前に負けない強さ故の命名でしょうか。

話は変わりますが、きのう立ち寄った書店で目に止まった本がありました。
『針と糸』(小川糸著)という題名に惹かれたという、それだけで買ってきました。
実は、見た瞬間、中学生のころ「糸ちゃん」という名前の子がいたことを思い出したのです。いかにも女の子らしい名前だと、出席をとるたびに、うらやましく思っていました。
閑話休題。『針と糸』の作者は、この書名に母子をイメージされたのだと思います。糸が自分で針を母としたのではなかったでしょうか。
縫い物をするとき、糸があっても針の先導がなければなりません。反対に、針があっても糸がなければ完成は覚束ないこと。
こんなことで、母子の関係をうまく表現されたことに感心してしまいました。
著者のお母様は、彼女の言葉を借りると「良きにつけ悪しきにつけ強烈な人」だったようですが、そこに共感して、久しぶりに私の母が発揮したモンスター力を思い出しました。
出産直後には、「本当のお母さんなの?」と看護師から質問されて、また何かやらかしたかとベッドの上で情けない思いをしたこともありました。
また、中学生のときは、担任から、「お母さんを怒らせないようにするのが子どもの務めや」みたいな説教を受けたことも。
なかなか見かけることのない、やりたい放題の母でした。
父が逃げ出したあと、母の話し相手は私しかいなくて、つらい思いばかりがつのった青春時代でした。
だから、学校に逃げ出すしかなかったあの頃を思うと、登校拒否という選択をする現代の思春期の子たちの抱える闇の深さに理解が及ばない婆さんなのです。
小川糸さんが、手に負えないお母様をやはり好きだと総括されているように、私もやっぱり好きなんですよね。 あんなに怖かったのに、湯船に一緒に浸かるとお湯を回しかけてくれたりして、それはアメとムチだったとしても、母の愛だったと信じたいのです。