
すべての生き物が待ちに待った雨が降りました。気温はなんと28度を指しています。
地面に染み込んだ雨の匂いがなつかしい。
立秋に合わせたのは、天帝の粋な計らいでしょうか。

暑さゆえ、家の中で本を読むことが多くなっています。
昔、小中学校の先生方は、やたらと「読書」を勧めることに熱心でした。自分が経験したことのない世界があるから読みなさいと。不良少女の私は納得できず、こころの中で、「事実は小説より奇なり」と反発して読まなかったおかげで、ものを知らない大人になってしまいました。
年長者の仰ることは聞いておくべきだったかなと、今頃、少しだけ反省しています。

仕事と重ならない七日は、お堂の中に立ち込める煙で身体と心の穢れを祓いたくて参加しています。
風がなかったのでしょう。焚き上げた煙はお堂の中に厚い層をなして溜まっていましたから、存分にヒバと杉の匂いを吸い込むことができました。頭の芯まで洗い清められたような気がして、すっきりしたことでした。
読経の最終盤で、役行者の諡号である「神変大菩薩」(しんぺんだいぼさつ)と唱えていたところで、東風がお堂に吹き込み、堂内に満ちていた煙を神変大菩薩のお社に運び去るという不思議な現象を目にして、今日の供養に参加できたことをありがたく思ったことでした。

来月も来る気満々でしたのに、次回は“9月1日”にと変更がありました。
「来月は本山で大行事があるので、そちらにまいりますため1日でお願いします」とのことでした。残念ですが、来月は参加できないことになりました。
さて、護摩供養が終わってから、この恥知らず婆さんはお世話係の方に小声で伺いました。
「あの〜、本山って大峰山ですか?」
「いや、聖護院です」
そうでしたね。大護摩の日には、聖護院から偉いお坊さんが来られていることを失念していました。
“聖護院”なんて蕪しか連想できないため、あらためて「本山修験宗総本山聖護院門跡」の由緒を調べてみましたら、1090年、白河上皇の熊野詣での先達をつとめた増誉大僧正が寺院を賜ることになったそうです。また、「聖護院」の意味は、「聖体を護持した」というところに由来するといいます。
知らないことのなんと多いことでしょう。それもこれも本の虫ではなかったことに起因しているのかしら。
いいの。時間はたっぷりあるから、疑問の種を自分の足で探し歩いて、分からなかったらネットで調べる。現場主義でいくのも楽しいことなりと、開き直っています。