
まだかな〜まだかな~と待っていたアオギリのボートを、昨日の朝、やっと拾うことができました。この造形のかわいらしさ。描いてみたいけど私には無理。ぱりぱりの葉っぱを壊さないように掌に乗せて飽きずに見ています。

木の上はこんな感じ。

足先が冷えるようになって、ひざ掛けと靴下が必要になってきました。
お着物ファンの人なら、そんな季節の到来を喜んでいらっしゃるのではないでしょうか。
自分はぐうたらですから、『着物あとさき』(青木玉著)を読んで、着物に思いを寄せています。
お母様の幸田文さんは洗い張りまでなさっていたことが詳細に書かれています。きれいな生地に戻して玉さんに残せるのが着物のすごいところです。
ところが、です。
ある時、出してきた着物が似合わなくなってることに気づきます。忙しくて十年ほど忘れていたそうです。
季節が巡るように、私たちの体系も顔つきも肌の色も変わっていきます。あれほど、好きで身につけていた色も、あれっと思う日がやってきて、愕然とすることないですか。

若い肌に似合った色が、自分の色と決めつけないことです。
高価なパーソナルカラー診断が流行りですが、ほんとうは、何年かに一度はやり直す必要があります。
私は秋色の人で、くすんだイエロー系が良いかと思っていましたが、年を取った今は、そんな色だと、ただただ汚い婆さんです。(といいながら、手持ちの服は着てますが···)
で、暗くて鮮やか系統の方が、シャキッと見えるような気がしています。

そういう意味で、「紺色」は日本人には便利な色だと、昔、教えてもらったことがあります。
黄色人種のイエローの肌に喧嘩しない色だとか。だから、学生の制服は紺色だそうです。
ここで、話を着物に戻しますと、「藍色」が不滅の意味がわかります。
いくつになっても藍染は万人を受け入れてくれる日本の色なんでしょう。