こころあそびの記

日常に小さな感動を

不易

 

 真っ赤なザクロが高い塀の上から落ちてきそうに実っています。

 

 

 お宅の人に聞こえないように、小さな声で“やったぁ”と漏らしたのは、キカラスウリの実が残っていたから。

 

 

 観潮に行ってから早いもので一週間。

 夜明け前。雲がかかった東の空にがっかりして歩いていたら、足もとが照らされていることに気づきました。

 下弦の月明かりでした。「天行健なり」。

 

 

 養老孟司さんのユーチューブを見ました。

 その回は視聴者の「先生はなぜ医学部に行ったのに医者にならず、解剖学者の道を選んだのですか?」という質問に応えておられました。

 「それはね、解剖学は変わらないからです。戦争で180度変わってしまった価値観を経験したから、信用できるものは”不変“ということです」

 どこかで聞きましたよね。放送が終わった朝ドラ『あんぱん』のモデルであるやなせたかしさんと同じでした。

 日々刻々と変化する患者さんの体調。治療方法は、本来、その時々で変えていかねばなりません。そして、変えるには医者の人を診る目や手腕も研鑽しなければなりません。

 でも、解剖は事実のみを相手にする仕事だというのです。

 世の中には、変わらないものを希求する人間が私以外にもいる。それは、うれしい発見でした。

 

 

 こんな大先生と同列には語れませんが、実は、私も若い時から同じことを思ってきたのです。

 だから、人文科学という人の手でどのようにも変えられる世界よりも、自然科学を選択しました。

 しかし、これもあやふやな人の手や損得が山ほど入り込んでることにうんざりしています。

 で、世間に認められるまともな薬剤師には、遠く及ばない道を選んで今日に至るわけです。

 店頭で「薬?そんなん飲まんでいいですよ」なんて言ったら、患者さんを路頭に迷わせるばかりでしょ。

 

 

 どうして、こんな変人になってしまったのか。右ならえ〜ができなくなったのか。

 その理由は、生育過程にあるように思っています。

 幼い頃から”事実は小説より奇なり“と、ある意味ませていました。ですから、みんなとはものの見方が異なっていて、素直な子ども時代がありませんでした。

 

 

 やれやれ、たっぷり時間のある休日だからと、思いのたけをぶちまけてしまいました。

 残された時間、先人の思いや変わらないものを追いかけて、この世の学びを全うできたら最高の人生になる気がしています。