こころあそびの記

日常に小さな感動を

爽快

 

 さて、昨日の続きです。

 地図上に“桜の小道”と表示されているくらいですから、きっとあるはずと信じて川沿いの道に上がってみたら、一挙に展望が開けて気持ちがいいのなんのって、最高でした。

 まだ、整備されて間もないのでしょう。植樹から数年の壮年の桜の木が、生き生き紅葉の葉を落とし始めています。

 来春も素晴らしい景観で人々を迎えてくれることでしょう。

 

 

 歩き始めると、自分の足の具合も忘れてその気持ちよさを優先してしまうのが我が習性です。

 秋を満喫しているうちに、あっという間のひと駅散歩ができました。

 

 

 一つの石に1羽ずつ乗ってる大群カワウを見つけました。こんなにいたら、鴨の餌がなくならないかと心配なことです。

 

 

 一戸に一本ずつある柿は、どの木も豊作でした。

 

 

 大きいのも小さいのも。

 

 

 稲刈りも最盛期。コンバインを使ったら倒れた稲も上手に刈り上げてくれることに感心して見ているのは、私だけではありませんでした。真上の電線に止まって落ち穂を狙う烏が、一本でも残したら急降下してきます。

 みんながうれしい秋の恵みです。

 

 

 小野篁が秋をこんなふうに記しています。

 意訳すると、物の色はおのずから見る人をセンチにさせます。それは秋の心と書いて“愁”というくらいだもの、と。

 秋が物思いに浸る時だと云われても、そんな気持ちに少しもなれない情緒欠乏症です。

 むしろ、めくるめく自然を見逃さないぞという欲ボケ症状から、彷徨くことをやめられません。