
阪大の待兼山キャンパス内に「旧浪速高等学校」記念庭園があります。“旧”は“旧制”のことです。ナンバリングスクールではない旧制高校は地域の秀才が集ったことで有名です。
日本初の都、なにわの宮は”難波“と書かれることが多いですが、”浪速“というやわらかい表現の方が合っていた場所かもしれません。
因みに、新生の大阪公立大学という間の抜けた名称に“なにわ“を入れたらもう少し人気が出るかもしれないと巷で囁かれているのをご存知でしょうか。
名は体を表す。
さっき、NHK『日曜討論』に片山さつき財務大臣が出演されていました。何や彼やとお騒がせの方ですが、あの巻き髪とつけまつげを止めないのは一人娘として「さつきちゃん」と呼ばれて蝶よ花よと育った証ではないかと、好ましく思えてきました。女の子ですね。

コマツナギがこんな大きな豆をつけていました。

紫色のぶどうかと思ったら、アオツヅラフジというそうです。

雨の止み間に散歩に出て、帰って来てテレビを付けたら財津和夫さんが闘病の様子を語っておられました。
福岡出身なのに、というのは偏見かもしれませんが、若かりし頃から淡々と生きておられるイメージでした。が、大病を乗り越えられた今も変わっておられないようにお見受けしたことです。
しかしそれは他人の評価であって、彼の中にどれくらいの葛藤があったかは、「大丈夫」という歌を作られたことからも推測はつきます。

「丈」という字は「つえを手に持って打つさま」を表す会意文字です。
中国古代の周では、一人前の男子の身長を一丈としたことから、丈に達した夫(男子)を丈夫、つまり立派な男としたそうです。
ただし、1丈は3.03メートルだと伝わるのですが、3メートルだとすると巨人です。そんな大男の時代があったのでしょうか。
奈良の薬師寺の薬師如来坐像は、もしお立ちになったら一丈六尺(4.8m)なので、丈六の像です。ここだけでなく、各地のお寺に丈六像が残っているのは、大きく育つことを良しとした名残のように思われます。

財津和夫さんは、自分に大丈夫、大丈夫と言い聞かせたと云います。
「大丈夫」、きっと必ず蘇るから。
私たちの肉体は二十四時間休むことなく働き続けています。
どんな思いで働いているかというと、この肉体をどうにかしてベターな状態にしようと頑張ってくれているのです。
彼が語った言葉で覚えているのは、癌細胞だって僕なんだ、という言葉です。
お前、出ていけではなく、全細胞で良い方へ向うべく頑張る自分へのエールは、ありがとうです。
大丈夫、ありがとう。
それが健やかな時にも病めるときにも最高の祈り言葉です。