こころあそびの記

日常に小さな感動を

 

 昨夜の『豊臣兄弟』は、竹中半兵衛の最終出演日でした。

 赤ちゃんを抱いて涙する場面では仲野太賀さんと菅田将暉さんの涙合戦が見られました。

 ミーハーの私は思わず、仲野太賀さんの迫真の演技を見て、スマホでお子さんがいらっしゃるのかどうか、つまり、その経験がおありなのか調べたくらい真に迫って見えました。

 次いで、菅田将暉さんです。結婚されていることは知っていましたが、半端ない涙の量に実体験あるのかと思って、またまた調べてしまったくらいです。

 お二方とも、この先、いいお父さんになられること間違いないと感じたシーンでした。

 

 

 明けて、今朝のサッカーワールドカップ。

 スポーツ音痴の私の子どもとは思えないイケイケドンドンの娘。それは私という反面教師が原因の一端にあるのかもしれませんが、孫達には少年サッカーを続けさせ、送り迎えやお茶当番に明け暮れていた頃がありました。

 過ぎてしまえば、”そんなこともあったね“ですが、これは子育ての方針を一つにできた夫婦仲があってのことだと見ています。

 よく、スポーツ選手がインタビューに応えて、「両親と周りの人への感謝」を開口一番、口にされますが、それほどに家族の援助なしにはできないのが、スポーツであり、広くは子育ての過程です。

 

 

 小学時代から東大を目指す人だって同じこと。

 一握りの天才を除いて、ご両親の援助なしに、夢は完結しません。

 家族っていいなぁ。自分が為せなかったファミリーの温かさを羨ましく思うわけです。

 そして今朝、いつもはグーグー夢の中であるはずの時間に娘家族全員が起きてきて、サッカー観戦が始まりました。

 おかげで、お弁当作り担当の私の起床時刻はいつも通りだったのに、彼らの応援で調子が狂って、半ボケ状態が解消されずに過ごしてしまいました。

 

 

 「ドーハの悲劇」。言葉だけは覚えています。

 1993年。もう三十年以上前のことです。

 反対に言えば、日本がサッカーの国際試合に挑戦し始めた頃からまだ三十年なんですね。

 野球クラブならまだしも、サッカークラブなんて馴染みのないボール蹴りを横目で見ていた中学時代。あの頃からようやくサッカーの認知が始まったように記憶しています。

 その「ドーハの悲劇」の舞台で選手として、ゴールに飛び込むボールを見送ったのが、森保一監督だそうです。

 あの屈辱が身に沁みているから監督の仕事に燃えるものがあるのでしょう。

 本日、日本は勝ち点1で次に駒を進めました。世界に対して全く刃が立たなかった時代を越えて、今やオランダと対等に試合できるまでになったのは日本の底力です。

 この試合、天皇皇后両陛下もオランダでテレビ観戦されたようです。

 サッカー後進国の私達には理解しづらいですが、世界で通算310億人以上が視聴するといわれています。

 今年、名を残すスーパースターはどなたになるのかな。にわかファンの楽しみはそんなところです。