
昨日は行きも帰りもJR「おおさか東線」を通りました。
大和路快速が、大阪駅1番線から環状線内回りを利用して、天王寺から大和路線に入るのに対して、うめきた地下駅から発車する「おおさか東線」は環状線を経ずに、右回りで新大阪経由で東大阪を南下する線です。
運行開始から数年でしょうか。
この線路ができたおかげで、大阪市内を通らずに新大阪に行けるようになった東大阪の人には重宝な線路になりました。

新大阪駅が梅田から離れた場所にぽつんとできた当初は、大阪の発展は新大阪駅の選択のために十年遅れたと揶揄されたものです。
が、今や大阪駅でさばききれない多くの乗降客が利用するようになりました。
新大阪でほとんどの乗り換えが可能なのです。
その一つに、「おおさか東線」があるわけです。

難波の古地図を見れば、上町台地の東側になる大阪東部は長く大阪湾が入り組み、その後も河内湖として存在したことがわかります。
そして、その水の供給源が大和川。大阪南部柏原あたりの奈良との県境で曲がりくねって氾濫をおこす川でした。
昨日、行きの車窓から見た静かに併走する大和川が、帰りには明らかに水量が増えて、恐ろしげに渦を巻いている様子を見ることができました。
ですから、「亀の背地滑り歴史資料館」は行ってみたい施設の一つです。

帰りの車中アナウンスで「次はJR淡路に停まります」と聞いて、ちょっとショートカットしたくなって、淡路で阪急に乗り換えることにしました。
淡路駅は何年も前から、ずっと高架工事中です。もうできたかしらと思っていましたのに、コンクリートの高架は吹き曝しのまま。この完成はあと数年かかると聞いて萎んでしまいましたが、その暁には、千里線と京都線が別系統になるらしく、千里方面の開発に光がさしそうです。
交通網と開発。若い人たちのいろいろな知恵が日々盛り込まれて新しい時代に向かっていることを頼もしく感じたことです。