こころあそびの記

日常に小さな感動を

やるせなさ

 

 恥ずかしながら、醜態を白状します。

 昨日、さすがに疲れ果てて、早々に就寝したものですから、パッと目覚めて時計をみたら4時過ぎでした。

 いくらなんでも早すぎるのでしばらく、うつらうつら。

 それにも飽きて、わんこと近くのコンビニまで歩いて行くことにしました。夜明け前の空には、月と金星を残してあとの星々は消えていく時間帯でした。

 わんこを外に繋いで、店内で朝ごはんを物色。並んでいる人が居ないと思いこんで、精算中の人のうしろに並んで待っていました。

 しばらくしたら、視界に動く二人の若者が入ってきました。片方の子が床を指差し、なぞるように動いているのが見えました。

 「あっ!ごめん。うしろに並ぼうか?」

 整列順が床に書いてあったのに、私が無視していたようです。

 なのに、二人していいよいいよと、合図してくれたのは、お婆さんにルールを教えてあげようという思いやりだったのかもしれません。

 朝から、若者らしい優しさに触れて、私のやるせなさは幾分か拭えたように思えました。

 

 

 こんなことが、つい最近もありました。気づかないうちに厚かましい婆さんになり下がっているようです。

 同じように、コンビニです。

 順番が来たとばかりに、商品を差し出したら、「あちらに」と、店員さんが指差した方向に、外人さんが。

 私がペコペコしたら、どうぞどうぞと笑顔で合図してくださいました。

 お許しいただいたので、店員さんも安心して、順番違反の私の会計を先にしてくれました。

 二度あることは三度ある、にならないように、以後、気をつけたいと思っています。

 

 

 今朝の朝刊の「日曜コラム」に原英史さんが「選ばれる国の前に」という文章を書いておられました。

 日本を世界の人から移民先として選ばれる国を目指そう、というのが現在の政府の移民政策です。

 一見、素晴らしいものに聞こえます。

 ですが、その結果どんなことになっているか。実情は、このままでは大変な事態を巻き起こしかねないところまできています。

 私がコンビニで出会った、笑顔の美しい外人さんばかりではありません。

 不法就労の末、行方をくらます不法滞在者がどんどん増え続けていけば、どんな世の中になるか政治家は考えたことがないのでしょうか。

 

 

 コラム執筆者は、「本来必要な見直しは『外国人を選ぶ』制度への転換」であると意見されています。

 複雑な社会になって、正悪はボーダーが曖昧です。

 ですから、「選ばれる国」の何が間違っているのかといわれると返答しようがありません。

 しかし、子や孫がせめて安全に暮らせる日本であり続けて欲しい。

 厚かましい婆さんの小さな願いですが、切実な願いです。