こころあそびの記

日常に小さな感動を

大阪弁いろいろ

 

 大阪城

 朝な夕なに、見上げることもなく過ごした小学生時代でしたが、その間、お城からは見下ろされて守護された十年間でした。

 

 

 「おまえの大阪弁名古屋弁が混じってるな」

 と、小学校の先生に指摘されたことは以前に書きました。

 母方の祖母は、父親が鉄道省勤めの転勤族でしたから、赴任地の方言がミックスされていたのでしょう。

 それを聴いて育った母は、大阪難波育ちなのに純粋な大阪弁ではなかったようで、それを聞き分けた私の担任の耳は確かだったことに驚きます。

 

 

 大阪弁

 全国的なイメージは、乱暴で、粗野で、早口で・・といったところなのでしょうか。

 大阪弁と一口に言っても、その手の“河内弁“や”ざこば言葉“もあれば、たおやかな”船場言葉“もあって、なかなか多様です。

 

 たとえば、大阪市の南に位置する堺市出身の沢口靖子さんを表するのに、“もし彼女が堺弁を払拭できたら、大女優になれたのに”という落胆の囁きが聞こえることがあります。

 確かに、彼女が話す堺弁のイントネーションは独特です。そして、今もって、拭おうとしても拭えなくて、女優業の邪魔をしたことは事実でしょう。

 ほかの地方のあっさり味の言葉ならば、これほどの悩みにならないうちに、修正できてしまうのに。そこに、強烈な個性を持つ、こてこての大阪弁の特殊性があるようです。

 

 

 全国どこへ旅行しても、「大阪から?」と、向こうから訊かれるほど有名な大阪弁。 

 それを、飯の種に使っている代表が、辻元清美さんと、アンミカさんでしょう。

 辻元清美さんの言葉は修正の仕様がなく、聞くに忍びないものです。

 ご自分は、私は庶民派と気取っているつもりかもしれませんが、決して美しくはありません。

 元気を売りにして、大口開けて喋るのが大阪弁だと思われたくもありません。歯を見せることさえ憚った大阪言葉もあることをご存知なのでしょうか。

 お二人目はアンミカさん。

 彼女はネイティブではないから、どなかに方言指導を受けて、あの喋り方になったと思われます。

 頭のいい方だけど、大阪弁にもいろいろあって、あのイントネーションと下品さが大阪弁だといわれると、恥ずかしい思いをされる大阪人もおられることと拝察します。

 

 『細雪』に登場する、たおやかな船場言葉は、浪花千栄子さんが最後の話し手といわれましたが、その所作は今でも一部に残っていることを、最近知りました。

 この前、偶然に出会ったご婦人の言葉が、大阪出身というのに、落ち着いた話しぶりでひさしぶりに心地よく聞くことができました。こういう人が大阪人だと聞くと、うれしくなります。

 

 

 旧家に嫁いできた彼女は、お義母さまにいやな思いをさせてはなるまいと、結婚して二十年、夫との会話などから学習して現在のものの言い方、話し方になったと仰っていました。

 彼女の名誉のためにも付け足しますが、彼女自身のネイティブ大阪弁も癖のないものだったに違いないことは、言うまでもありません。

 

 

 私は方言が大好きです。

 ですが、大阪弁をまくしたてる人には閉口してしまいます。

 怖い話しです。昔から、「お里が知れる」と申します。その最たるものの一つに、言葉があるように思います。

 いまさら船場言葉を勉強しようとは思いませんが、せめて、人に嫌な感じを持たせる言葉は使いたくないなぁと思っています。