こころあそびの記

日常に小さな感動を

その弐

 

 きのう、書き終わってタイトルを付ける段になって、あれ?テーマがずれてるやん、と気づきました。

 ごめんない。あの不眠の話のあと、“免疫力は睡眠から”という情報が伝えられていましたので、そこがポイントだったことをすっかり失念していました。

 

 

 免疫力というと、今でこそ“腸”というキーワードが定着したようですが、免疫力が大腸と関係あることは、近代医学で発見されたことではないのです。

 古人の観察力は驚異的で、「肺」、「大腸」、「皮膚」は、すべて、外界と接するという点において共通していることを見抜きました。

 このグループは、外からやってくる邪が中に入り込まないようにする門番です。

 

 

 まず、「肺」が天の清気を取り込みます。この気を全身に巡らすのも「肺」の力です。このとき、脾(消化器官)で作られた気も合わさります。

 私たちは意識せずにいますが、この気が「衛気」として体を取り巻いて防衛します。

 つまり、この「衛気力」が落ちると、抵抗力が弱るということになるのです。

 外邪がやってきたとき、皮膚の汗腺をきちっと閉じられない。閉じる力は「気」の力だから、容易に体内侵入を許すということになってしまいます。風邪をひきやすいとは、そういうことなのです。

 

 

 さて、あのラジオが「抵抗力の維持は睡眠から」といわれたのは、なぜでしょう。

 それが、きのう書いた「潤い」と関係します。

 よく眠ることで、昼間に溜めた老廃物の排出や、傷や遺伝子の修復、などのほか、陰(水)を養うことができます。

 陰を補充するのが睡眠の働きです。

 

 「春夏養陽 秋冬養陰」(春夏は活動して陽を養い、秋冬は休息して陰をやしないましょう)

 

 近頃は、熊さえ冬眠できずにいるみたいですが、本来、冬は休息の時です。自然の節理に従うことが生物の生きる道だとするなら、これからの季節は早寝遅起きとまいりましょう。

免疫力は睡眠から

 

 仕事に向かうカーラジオで、「不眠」サプリメントを宣伝していました。 笑うのは、担当のアナウンサーの方が「僕は、熟睡して、毎朝2時半に起きてます」と話されたことでした。朝の番組担当ですものね。

 不眠とは無縁な人が、不眠症のコマーシャルのお手伝いをしておられるなんて、と朝から笑わせてもらったことでした。

 早朝の起床と聞いて思い出したのは、先年亡くなられた船井総研船井幸雄社長です。あの方も三時に起床される方でした。

 あの頃の私には真似ができないことでしたが、今や、この年になってみれば、できないことはないように思います。

 年寄りの生活時間はフリーですから、早起きしようと思えば、早く寝たらいいだけのこと。

 そのむかしは、用なしの年齢になれば寿命も途切れたものですが、生活スタイルの変化により、孫の面倒をみるために寿命は延びていると、まことしやかに語られています。ほんとうかな?

 

 

 閑話休題、その「不眠」。

 生まれたての赤ちゃんは、一日のほとんどを寝て過ごします。つまり彼らほどの睡眠上手はいません。

 それは、なぜか。

 その答えは、水分量だといわれます。

 今年も話題をさらった大谷選手。彼も見るからに、水分をいっぱい持ってそうでしょ。

 そう。寝るには、水(陰)が必要です。

 

 

 年をとると水分量が減るのは、しわしわになった皮膚を見ても明らかです。あんなに瑞々しくてもっちりしていたのに、と嘆いても元には戻らないのです。

 体は水と熱のバランスで運営されていますから、水が少なくなったら、熱の方が多くなってしまいます。

 それが、虚熱となって悪さをします。その一つが「不眠」というわけです。

 

 

 わかった!じゃあ、水を摂取したらいいんだ。

 というほど、ことは簡単ではないのですが、これも、今朝のテレビで流されていたことですが、「冬とはいえ乾燥しています。水分不足にならないようにしましょう」と水分摂取を勧めていました。

 水を飲んで、シワが伸びるのなら苦労しないわけで、この陰虚という症状は克服しようとがんばらないことです。付け足すと、もともと胃腸機能が弱いのに水を必要以上に飲んだら、代謝できなくて水が湿となってイタズラをしますから要注意です。

 それから、不眠は肝とも深い関係があります。ということは、気持ちのコントロールです。ストレスを溜めこむと熱になります。熱は上に上がる性質を持ちますから、頭がゆっくり休めない状態を作るのです。頭寒足熱の反対にならないように。

 

 

 あれこれ考えないこと。

 潤す食品である、蓮根、小芋、長芋などを少し献立に足してみる。

 昼間によく動いて体内時計を働かせる。

 それでも、寝られないときは、眠れなくても気にしない気にしない。いつか眠くなったら寝られるし・・それくらいに構えるうちに夢の中へ。

親の仕事

 

 見納めの紅葉図鑑をどうぞ。

 

 

 ドウダンツツジ

 

 

 黄葉も。

 

 

 イチョウ葉も。

 

 

 さて、今朝、テレビの前に座ったら、「伊藤瑞子さん」というお医者さんがお話しなさっていました。

 しばらく聞いていたら、この方は歌手、MISIAさんのお母様だとわかりました。

 離島、対馬でお医者さんをしながら子育てされたなんて、それだけで見上げる存在です。

 耳に残った言葉は、「上の子どもには、“勉強しておけば、なりたいものが見つかったとき、なれる” だから勉強しておきなさいと、育ててしまいました。でも、上の子どもたちと年の離れた次女(MISIA)は、ゆったりと見守れた気がします」。

 私にも覚えがある言葉でした。

 上の子には厳しく、下にいくほど甘くなるのは、どこの親にも共通したところなのではないでしょうか。

 特に、下の子が女の子なら、かわいければそれで十分と。

 

 MISIAさんは、幼いころから歌うことが大好きだったようです。

 それを見逃すことなく、反対するでもなく伸ばしてあげたから、国民的大歌手が生まれました。それは、ご両親の愛の力にほかなりません。

 かように、わが子の特性を見抜くことは、親の最大の仕事だと思っています。

 

 

 その仕事を見事に完璧になさったお一人が辻井いつ子さんであることに、異議を唱える方はおられないことでしょう。

 このところ、辻井伸行さんの演奏を聴き続けています。一回聴き始めると止められなくなるのです。といっても、高価なステレオがあるわけでもなく、YouTubeで聴いているのですが、皆様のコメントを読めるのが、この便利な機能のよいところです。

 圧倒的に多いのが、「聴いていると涙が出る」です。そんな聴衆の一人でいることに、また酔えるのです。

 

 

 MISIAさんのお母様が子どもの才能の邪魔をなさらなかったと同じように、子どもを信じることに自分のいのちのすべてをかけたお母様が辻井いつ子さんでありましょう。

 お二人に共通することは、愛の達人であるところと推測します。

 私がいつも劣等感に苛まれるのは、持てる愛が質、量ともに少なくて薄情なことを自覚するときです。

 それに比べて、お二人の愛の豊さはどうでしょう。

 

 「もしも、一度だけ目が見えるとしたら何が見たいですか?」

 かつて、こんな残酷な質問を浴びせた人がありました。

 「お母さんの顔が見たい」。

 この言葉で私たちの心はどれほど震えたことでしょう。また、一方で、お母様の愛情が見えた思いがしたものです。

 今や、世界中から演奏依頼が目白押しの彼ですが、完璧な演奏ができるのは孤独な努力なしには成し得ません。

 などなど、彼については思うことがいっぱいありすぎます。まだ、三十代。これからもっともっと深い音が奏でられることでしょう。

 彼が神様に選ばれて結んだ契約は、荒んだこの世を清々しい響きで清めてほしいということなのかもしれません。だから、みんな泣いてしまうのです。

“生き物”は“息物”

 

 現金オンリーの豊能町の道の駅目指して、いざ出発。こないだのリベンジです。

 ところが、入り口に火曜日定休と張り出されたのを見てがっくり。知らずに来たのは私たちだけじゃなくて、店の前で思いを持て余しておられる方が数人、そして、駐車場はみるみるいっぱいになったのは気の毒なことでした。

 歳末は休まないで、とは勝手な言い分です。

 

 

 それで、一庫ダム公園に寄って帰ることにしました。

 それが、なんと!入り口手前に、赤字で「休園」と書いたボードが張り付けられているのを見たときの落胆は言うまでもありません。

 青空でなかったら気持ちは萎えたことでしょうが、初冬を思わせる山の色を写真に撮れたことで、心を埋め合わせて帰ってきたことです。

 

 

 残念賞代わりに、ちょっとはりこんだランチを食べながら、娘が「お母さん、今日何かなかった?」と訊くのです。

 「えっ?あっ!」そうだ、大学に行く日であることに気づきました。

 なんと、ぼけぼけの日でしょう。

 

 

 校内の道路に、雪だるまならぬイチョウだるまを作った跡がありました。写真では分かりにくいですが、ちゃんと目も口も付けられていたのでパチリ。

 今の若者は、キズつけられることなく育っているので、本当にかわいい。

 私たちが学生だったころの反逆精神は、周囲からの圧力のせいだったのでしょうか。

 人間の姿は時代と共に変わります。それは、その時代に必要とされる姿なのでしょう。何はともあれ、素直に見える現代の若者が作る社会が平和であってほしいと切に願うものです。

 

 

 今日の講義は私の好きな「気」のお話しでした。

 「生きる」ということは「息(いき)る」ということです。

 つまり、私たちが生きているのは、息を、呼吸をしているから。とういうのは、小学生でも知ってます。

 「酸素と二酸化炭素を交換するんでしょ」と答えることでしょう。

 でも、それだけではないんです。先人は「息を吹きかける」ことで、魂が送り込まれると考えました。

 神が息を吹き込むことで初めて物に魂が宿ることは洋の東西を問わずに語り継がれています。

 

  このことは、日常の中に今でも見られます。

 もう直ぐ、年末の大祓がやってきて、神社では三回息を吹きかけた形代(かたしろ)をお祓いしてもらう行事が行われます 。普段深く考えることのない「息」が、実はいのちと結びついていることを知る機会です。

 さらに、もっと身近な例では、寒さでかじかんだ手に、はぁーと息を吹きかけたら温かくなります。それには、自分の中の「気」が健康に巡っていることが前提です。

 

「人、気を得れば則ち生き 

 気を失えば則ち死す」

 

  神に与えられた魂が健やかにこの肉体に住まってくれている間、感謝して生きたいものです。

沼ルって

 

 きのうの強行軍でさすがに疲れたので今日は休養日。

 昼風呂から上がってきてテレビを付けたら、画面に大きく「神戸栄養専門学校」と映りました。

 びっくりしました。

 朝ドラ『おにぎり』の一場面だったようです。

 私、実は、大学出て直ぐに勤めたのが「兵庫栄養専門学校」だったので、一瞬映ったその学校名に目が吸い付いてしまいました。

 しばらくの間、奉職させてもらった楽しい一年間を思い出さずにおれませんでした。

 もとからお料理に興味のある子やお弁当屋さんの二代目なんかもいて、自分とは別の世界を経験することができました。

 ですが一年で辞めてしまうことになります。それは、余りに楽しすぎたからです。こんなことしてたら、自分がだめになるのではと恐れたのです。それは、若気の至りというものだったのでしょう。

 私なんかじゃお役に立てないという理由は、作り事と見抜いた拭石校長先生から教えられたのが「卑下慢」という言葉であったことは、以前に書きました。

 そんな専門学校も、先年、閉校されて、いつか、生徒さんたちと再会できるかなという希望は絶たれてしまったことが無念でなりません。

 あの学校は確実に私の人生の一里塚でした。ありがとう。

 

 

 NHK話をもう一つ。

 昨日、“大河ドラマ『光る君へ』コンサート~沼ル音楽会”が17:00から、放送されていました。

 たまたま、BS18時からの『光る君へ』を待っていたから観られたのですが、こんなややこしい時間に放送するには、もったいないような番組でした。

 

 

 メインテーマ『アメジスト』は感動的で、これから先も聴くたびにワクワクするに違いありません。 

 作曲者、冬野ユミさんの昨日のピンクのお衣装がかわいらしくて、どこにこの複雑なテーマを作曲されるパワーがあるのか訝しく思ったことです。

 また、紫色のドレスを纏った吉高由里子さんのウィットに富んだ頭の回転の良さには感心させられましたし、ストーリーテラーをつとめた凰稀かなめさんのお衣装は、さすが宝塚!と思わせるものでした。

 この番組の中で知ったことですが、冬野ユミさんは150曲も作られたそうで、先に収録しておいたものの中から、シーンに合わせて選曲していったとか。

 どの場面も違和感を感じなかったのは、制作者全員の思い入れのおかげだったのですね。

 つくづく、映画であろうと、ドラマであろうと、人の気持ちが集約されるから完成にたどり着くことを今更ながら教えてもらった気がしました。

古墳巡り

 

 八日はお薬師さんの縁日です。

 孫のお弁当が要るのか要らないのか分からないので、ちょいちょいと軽めに作ってあとは娘に任せて、近くの春日神社に出かけました。

 夜通しライトアップされてた名残が、お参りしているうちに次々と消えていって、ついに朝が来ました。

 階段を上がったところにある小さい薬師堂に心惹かれます。お薬師さんは仏教では薬師如来を、神様としては少彦名命です。ですから、御前には、真言(仏教)と大祓の言葉(神道)が書き添えられています。頭が悪いので覚えることは諦めて、行くたびに読み上げさせていただいています。

 特に、大祓の詞の内容が好きです。

 読み上げるだけで”心安けく身体すこやか”になれそうに思えるありがたさです。

 

 

 ところで、消しても消しても心に掛かることがあれば、それはやれ!ってことかなと思ったりすることはないですか。

 孫の受験は来春なのに、どこか落ち着かない思いでいます。受験校も決まらないのに、何かしてやれることはないかと、半分浮かれたハイ気分です。

 婆さんがしてやれることといったら、神頼みしかありません。どの方向の学校を受けてもいいように方違神社でご祈祷してもらおうと思いついたのは数日前。でも、まだ早いと気持ちを押しとどめていました。

 でも、天一天上は明後日までです。だから、今日決行することにしました。

 

 

 ご祈祷をしてもらって、神社の横にある古墳を見に行きました。

 「反正天皇陵古墳」。ちょうど前方後円墳の後円の丸いところを神社に向けていますから、こんなにかわいらしく撮れました。

 気分がよくなって、ふと、古墳巡りしてみようと思い立つなんて、自分の脚力を考えたら無謀でしかありません。

 

 

 堺は仕事でもプライベートでも、縁があるようでないところです。仁徳天皇陵の側は通るのに立ち寄ったことがないという意味です。

 しかし、今日、その儚い縁をしっかり結べたことはありがたいことでした。

 

 

 カルガモが青緑色の翼鏡を輝かせて見せてくれたこと、アオサギが等間隔でが佇んでいたこと、カイツブリの潜水が見事なこと。

 お濠は見飽きることない楽しい場所でした。

 仁徳天皇陵の拝所におられたガイドさんに、道をお尋ねしたら、なんと私が次に目指す予定の「ニサンザイ古墳」が、日本で一番美しいと思ってると話してくださいました。

 そう言われては、行かないわけにはまいりません。

 

 

 道筋にある「御廟山古墳」を経て、「ニサンザイ古墳」に到着して写真を一枚撮ったところで、スマホはダウンしてしまいました。ギリギリの一枚はこれです。

 

 

 ニサンザイ古墳は大阪湾から見て、一番深い位置にあって、日本で七番目の大きさを誇ります。

 大形先生のもとに通っていた府立大のそばにあるので、よく先生から「もうニサンザイ古墳は行きましたか?」と訊かれた場所です。

 今日ようやく行けましたと、早速、先生に報告できることを嬉しく思っています。

動き回って陽気を養いました

 

 きのうは、家に張り付かざるを得ない一日でした。たったそれだけのことで、ストレスが溜まるなんて弱っちくなったもんです。

 お恥ずかしいことに、起床時からゲートイン完了のお馬さんみたいにエンジン全開、お弁当作りを終えるやいなや飛び出したものの、日の出から15分も遅れてスカイアリーナに到着したのは悔しいことでした。

 

 

 人は人と話すことに飢える動物なのでしょうか。

 ジョウビタキを見つけて双眼鏡で覗いていたら、向こうから歩いて来られたご婦人が声をかけてくださいました。

 「何がいるんですか?」

 「ジョウビタキです。ご覧になってみますか?」

と、双眼鏡をお貸ししたら、しばらく視野に取り込むのに苦労された後、甲斐あって、鳥の姿を捉えられたようです。

 「きれいですね。私、鳥が大好きなんです」

 「そうなんですね。じゃぁ、ぜひ安物でいいから双眼鏡を持ってくださいな。朝散歩が数倍楽しくなりますよ」

 ジョウビタキは冬場、自分のテリトリーに他のジョウビタキが入ることを許さないそうです。今朝も、同じ枝先で二羽が争っていましたので、ゆっくり見られたのは幸いでした。

 そんな知ったか話をしてお別れしたのですが、誰かに楽しみを分けてあげられたことが、自分を温めたのは言うまでもありません。

 

 

 一旦、帰宅して、暦を見たら、今日は大寒。そして七日です。

 龍安寺護摩焚き開始まであと一時間。

 今年最後の「報恩感謝」の護摩ですから、行かなくちゃ。このおんぼろ脚にかつをいれて再び出発しました。

 

 

 師走に入ったというのに、滝道の混雑ぶりは、心斎橋のようでした。

 ごめんなさい。かつての心斎橋の混み方を知ってる大阪人は、今でも、すごい人出のことを「心斎橋みたい」と表現してしまうのです。

 

 

 もとい、今年の紅葉は遅れましたので、今日が最高潮。もみじの美しさを愛でる声で満ちた滝道に花を添えたのが、翡翠(かわせみ)でした。

 「今日、かわせみ見たよ~」

 帰り道、そんなことを口々にお話しされる様子を想像するのも楽しいことです。

 

 

 最後に、”雅楽“さんに寄ってみました。幸い、カウンター席が空いていたので、久しぶりに大倉陶器のカップでいただいてまいりました。

 たった半日、目まぐるしく動き回っただけで、もとの私に戻ることができてほっとしています。