こころあそびの記

日常に小さな感動を

まだ浅い

 

 お弁当を作らなくていい日曜日の朝なのに、目が覚めてしまうんです。

 手持ち無沙汰なのでワンコと散歩に出ました。あ〜ぁ、喜んでくれるのはこの相棒だけ。まっ、それもいいか。いつか出会った御婦人から、「いいわねぇ。犬と一緒で。私なんかひとりぼっちよ」と声をかけられたことを思い出します。

 彼女はお元気でしょうか。

 朝の陽射しを受けた六甲山が、おいで!おいで!と誘ってる気がしたので、誘われてみることにしました。

 

 

 行き先はご無沙汰のハーブ園です。

 ロープウェイで同乗したカップルに話しかけたら、なんと、鹿児島から昨日来たばかりという二人でした。

 「なんで、神戸へ?」

 「職場に神戸出身の人が居て、彼に勧められたからです」

 「それはよいチョイス」

 卑下するわけではないけれど、大阪って観光に向かない町なんですよね。歴史という下敷きがないと楽しくない。反対にいえば、歴史好きにはたまらない場所なんだけど、それは観光地図に取り上げられることはありません。

 その点、神戸は海と山が迫ったロケーションそのものが観光地の要件を満たしています。

 

 

 ロープウェイの山上駅界隈は、訪日旅行客でいっぱいで、こちらが外国に来たような感覚になりました。

 

 

 山上が目覚めるには、もうしばらくかかりそうでした。きっと、夜はぐっと冷えるのでしょう。

 でも、いいもの見つけちゃいました。もう薹が開いてしまった蕗の薹です。やったぁ。独りごちてしまったくらい嬉しい発見でした。

 

 

 杏の蕾です。開いたころにまた来なくちゃ。

 

 

 サンシュユが唯一満開でした。春の林の中の黄色い花は目を引きます。

 

 

 猫柳の銀色の包み紙がほどけかけています。

 

 

 山上ではまだ蕾だったハクモクレンが、ロープウェイ下では咲いていました。

 

 

 遠望では笑い始めたかに見える山々であっても、中に踏み入れば、ようやく目覚ましが鳴り始めたかなといった具合です。

 みんなが伸びをして目覚めるまであと一ヶ月かな。

 四月もまた来ようかな。目覚めた容子を確認するために。

 

 

 この二週間動き倒して、そろそろ動き回ることに飽きる頃なのに、なぜか体が先に動きます。

 春という季節は、そういう季節なのでしょう。が、若い頃は予定に引きづられて否応なく動かざるを得ない毎日でした。ですから、それが体に連動しているなんて考える暇もありませんでした。 

 天人相応。

 動きたい。その気持ちに応じられる健康な体に感謝です。

動から静へ

 

 仕事から帰って、犬と庭で遊びながら、目に入ってきた紫色を二度見してしまいました。

 植えた覚えのない花、それも可愛らしいスミレが庭木の奥で、“早く気づいてよ”と言わんばかりに鮮やかな紫色を輝かしています。

 いつから咲いていたの?

 多分、鳥が撒いてくれた種からの発芽でしょう。

 そういえば、今年は庭の梅にメジロの来訪が少なかったように思います。実の収穫も期待できないかもしれません。

 

 

 今週は我ながらよく動き回りました。

 動きたくてうずうずするのは、春が来た証拠です。それに従ったまでのこと。

 「春夏養陽 秋冬養陰」と、

 東洋医学の養生法は四季に順応させることを説いています。

 春。日脚が日一日と伸びてくると、光りに誘われて外へ出かけたくなるのが人情です。

 それが正解。

 新しいことを始めてみたくなる季節でもありますから、何かにチャレンジするのもOKです。

 ”動き回る“ことで、陽気がチャージできます。春夏にしっかり動いて”気“をため込みましょう。

 

 

 気はもともと「氣」という字。お米を炊いてる時にゆらゆら立ちのぼる湯気を表しています。

 お米離れが言われて久しいですが、昔からお米が活力の源だったことは覚えておいて欲しいです。お腹いっぱいにご飯を食べれるのは若さの特権なんです。

 貝原益軒が『養生訓』の中で穀類を控えるようにと書き記しているのは、彼の実感だったように推測します。

 彼がこの養生訓を書いたのは85歳です。

 つまり、老人になって、消化力が落ちると食べられる量はダイエットなんかと無関係に落ちてしまいます。

 若いっていいなぁ。食べる幸せは壮年期までの特権です。

 

 

 過日、『こころ旅』で正平さんが漏らされた言葉は、

「(東シナ海に沈む夕陽を眺めて)こんなところあるんだ。生きててよかった」でした。

 旅先で思いがけず出会った景色や人。記憶に残った経験が心のなかに積もることで、あの日の幸せを独り甦らせる時間が持てます。

 そんな一人遊びが、生きててよかったにつながることでしょう。

 この一週間、ばたばたと動き倒したおかげで、今日は充実した“静”の時を過ごしています。

五連のアーチ橋

 

 きのうの日没。

 

 

 昨夜、書き記すのを忘れたことを悔いながら寝たので、その一件から。

 数日前、『こころ旅』で正平さんが訪ねたのは熊本の赤崎小学校でした。

 八代湾に浮かぶ豪華客船に見立てた建物は廃校の憂き目にあって、買い手もつかない状態のようです。 

 波音を聞きながら学べる素敵な小学校は小説の舞台にできそうですが、実際のメンテナンスは難しそうですね。

 しかし、この番組を観たとき、すでに下瀬美術館に行く予定を組んでいた私には、二つに共通するキーワード「海に浮かぶ」がタイムリーに共鳴したことを嬉しく思いました。

 行くべくして行ってきた下瀬美術館。そして、できることなら、設計者の意をくんで赤崎小学校が存続できますように。

 

 

 さて、美術館を後にして向かったのは、電車で二つ先の岩国。広島県から山口県への移動です。

 電車で隣り合わせになった男性に岩国のことを尋ねたら、「米軍基地がある頃の元気はなくなったね」と。

 それでも降り立った岩国は十二分に町でした。

 地元の生活路線バスに乗って錦帯橋へ。

 

 

 この有名な橋は1673年に岩国3代藩主、吉川広嘉公によって建造されました。

 ところが、度重なる流失に見舞われます。

 その度に、架け替えが行われたのは、この橋がいかに大切にされてきたかの証明です。

 どうしたら流されない橋を架けられるのだろうと頭を悩ました吉川藩主がこれだ!とヒントを得たのは、帰化僧が持っていた本に書かれていた名勝、中国西湖に架かる橋でした。錦帯橋はこだわりを持って建造されたから美しいのです。

 さらに、昭和の流失は戦争時代にもありました。燃料として山の松を切り出したために、丸裸の山から大量の土砂が流されてきて、橋の流失に繋がったそうです。忘れてはならない教訓です。

 

 

 五連橋を渡っただけでも十分な運動量でしたのに、山上に小さく見える岩国城に上ってみたいと娘が言い出して、ケーブルカーに乗って山上へ。それからが大変でした。天守閣へは急な細い階段を上らなくてはなりません。

 あと1段、あと一段と頑張ったおかげで芸予諸島の島影を見渡してお殿様気分を味わうことができたのはもうけものでした。

 でも、上ったら下りなくてはならず、後ろのおじさんは「膝が笑ってる〜♪」とサザエさんのメロディーで歌って笑わしてくださいました。

 「年は取りたくないなぁ」と帰っていかれる後ろ姿を見送りながら、あれっ?自分は痛くない。

 二万歩を無事に歩き通せたことに感謝の一日でした。

 錦帯橋は現在、世界遺産への登録を目指しているそうです。350年もの間、この橋を守るために関わった大勢の人々のご苦労を思うと、是非にと思わずにいられません。

玖波(くば)

 

 心地よい昼下がり、きのうの余韻からまだ覚めきらずにいます。

 訪ねた順からいえば、先ずは、下瀬美術館です。

 広島から山陽本線の鈍行に乗りかえです。

 大竹が近づくにつれて、海に並走する車窓からは厳島の大きな島影が楽しめます。

 特に、きのうは好天でしたから、どこまでも凪いだ海の波の美しい煌めきに旅情を誘われたことです。

 

 

 大竹に着いたものの、バスは見当たらず、タクシーを利用しました。

 「下瀬美術館へのお客さんはどうですか?」

 「このごろは減ったね。タクシーは料金もそれなりやからね。玖波駅からのほうが少し近いよ」

 「そうなんですか?でもタクシーはないと聞きました」

 「そうやね。配車たのむかやね」

 「ところで、下瀬会長の会社はなにを扱う会社なんですか?」

 「さぁ、知らんね」

 ご存知なかったようで、次の話題へ。

 食いしん坊の私ですから、電車の中から美術館のレストラン予約を試みたのですが、満席のお断りを受けていたのです。

 「あの〜このあたりでランチ食べられる場所をご存知ないですか?」

 「ここは、なんにもないよ。スーパーマーケットにラーメン屋があるくらいかな」

 走行中に、ここは大会社ばっかりある、と誇らしく仰っていたじゃないですか。皆さん、お昼ご飯はどうされているのでしょうね(笑)

 と、おっとりした広島弁の運転手さんとの会話を楽しんでるうちに、ミラーガラスに覆われた夢の建物正面に車は横付けされました。

 海はきらきら、空の高いところに巻雲が筋を引いて、それらがミラーガラスに映り込んでいるのです。

 技術の発達が可能にした建造物でした。

 そして、設計を担われた坂茂さんの発想力に、自分が囚われていくのを感じます。自分はこんなふうに夢を形にはできないけれど、あったらいいなぁ、そう思える場所でした。

 

 

 見えてる可動型展示室の部屋の一つで、もう一度、下瀬会長の会社って?と訊いてみましたら、建材メーカーとお応えいただくことができました。

 なるほど。ようやく、先代から集められたお宝と、坂茂という設計者と、材料とを線で結びつけることができました。

 

 

 ちょっと脱線。可動展示室では、お人形が月間テーマでしたので、お雛さんや市松人形も展示されていました。

 市松人形を見た瞬間、「私の人形はよい人形♪〜」と歌いそうになりました。

 おばあちゃんが、松屋町で自ら選んできたお顔に、和裁の腕で縫い上げた着物を着付けたお人形は私の宝物。

 しかし、娘たちには”人形は怖い“という呪いばかりが思い浮かんでしまうみたいで、この人形の命はあとわずかと言えそうです。

 どんなものにもいのちがあって、それをつなげられるかどうかは後の評価にかかっています。

 

 

 2024年。世界で最も美しい美術館に選ばれた「下瀬美術館」に是非ご来場あれ。

 あのロケーション自身に癒す力がありますから、行けば必ず虜になることでしょう。

 屋外に設えてある椅子に座って静かな海と島を眺めていると、源平合戦があったことが嘘みたいに思えてきます。

 小説の中の義経や知盛は、優しい人間に描かれています。望まない戦いなのに流されていく。

 現代人が、この美術館を後世に残すためにも、平和な世の中が続いて欲しいと心から念じた場所でした。

日帰り旅

 

 今朝6時半に出発した日帰り旅行の帰りで、新幹線”さくら“に乗っています。

 往路に乗った“ひかり”とは雲泥の差です。座席も広いし、照明もお日様色で落ち着きます。

 これなら、今日の疲れも、乗ってる間に取れそう。それくらいお気に入りの”さくら“です。

 上の写真を見て、ははぁ~んと気づかれた人は名うてのトラベラー。

 まだ開館から間もない(といっても3年)多島美に合う斬新な設計で、ただいまのところ日本三大美術館の一つに上げられている「下瀬美術館」です。

 館内で過ごすとわかるのですが、海面と目線の高さが合うように作られているところがミソです。

 今日はビューティフルデイでしたので、そのコンセプトが映えること限りなし。鏡張りの壁面に海と空と自分の立ち位置が渾然一体となる最高の日和でありました。

 

 

 次に訪れたのは錦帯橋です。

 そう。広島県と山口県の両県をまたいだ旅になりました。

 先の下瀬美術館は近代建築の粋を凝らした建造物でしたが、こちらの初代橋は1676年に吉川藩主によって建造された歴史的建造物です。

 話はそれますが、広島駅から在来の山陽本線に乗り換えて大竹や岩国に行く間に、いくつ川を越えたことでしょう。 

 そこで思い出したのは、広島は扇状地に発達した町ということでした。

 たくさんの川が山から栄養をもたらすから、牡蠣が美味しい。

 閑話休題。この岩国の錦川にかかる錦帯橋も、何度も流されたと記録されています。その度に再建されたのは、その時代に生きた人々の努力の賜物です。

 この橋が今も観光地として地域の人々を潤しているとしたら、過去に生きた人々が頑張った甲斐があるわけで、見習うべき場所であると思いました。

 なんだかんだと取材したことは、明日以降にご報告することをお許しください。

 とりあえず、家に帰り着いて、注文されている明朝の孫の弁当作りを果たさねばなりません。

 頑張ります!

 あちこちに不安のある体ではありますが、やろうという気持ちがあれば為せることが、錦帯橋の往復プラス岩国城の坂道を歩き通したことで証明できた気がしています。

安芸国

 

 関東は春の雪が報じられていますが、ここ大阪では昼になっても冷え込みが止まず寒の戻りに震え上がっています。 

 寒かった分、夜明け前の空は久しぶりに晴れ上がって、星々の煌めきが見られました。

 もうしばらくしたら、北斗七星や春の大曲線ともお別れです。日の出が早くなって見えなくなるだけ。金子みすゞさんの“見えないけれどあるんだよ”の世界です。

 みすゞさんの詩がお昼間の見えない星に限定されているのではないことは確かでしょう。

 この世は見えない何かに導かれているように思えてなりません。

 

 

 とはいえ、庶民の取り憑かれ方なんてかわいいものではあるのですが、過日、宝塚歌劇『蒼月抄』を観てからというもの、平知盛に捕われて日々を過ごしています。

 吉川英治著『新平家物語』も、ようやく壇ノ浦の合戦に至り、瀬戸内海の潮の流れを描写から想像しています。

 壇ノ浦は海幅が狭まったところですから、鳴門と同じように、時間帯によって湍潮(せしお)が生じます。

 その潮の流れを見極めることと、太陽を背にすることが戦いに有利だなんて、漫然と戦ってるわけではないところを面白く思って読んでます。

 

 

 戦いの舞台になった芸予諸島に少なからず興味を持ったのは、昔見た緑川洋一さんの写真からです。彼の夕焼け空に浮かぶ芸予諸島の印象は今でも深く刻まれています。

 そんな場所近くに、明日、突然行くことになりました。

 最大の楽しみは、私の大切な友人の故郷に建ち、今や世界的建造物となった下瀬美術館です。

 2023年開館のこの建物のコンセプトは、多島美の中に浮かぶ動かせる美術館です。

 建築家は坂茂さんです。

 

 

 万人が考えも及ばない夢を、現実の形に作り上げる才能を持つ人がおられるのですね。

 ユネスコ建築賞最優秀賞を授与された動く美術館。

 明日は晴れ予報。美しい海の色とキューブの色のハーモニーを楽しみにしています。

天命

 

 早朝、薄暮の空に下弦の月が見えました。

 そうか、今日は下弦の月なんだ。力が漲ってくるというよりは、収束に向う静けさが感じられる朝でした。

 仕事を終えて、逸る気持ちでメールを見たら、“やっぱりだめだった”と報告が入っていたので、ここ数日の心のしこりは取れたのですが、同時に、なにかしてやれることはないかしらとバカな老婆心がむくむくと立ち上がり、家に帰り着くなり、海を見に行こうと無謀な提案をしました。

 

 

 娘と孫と私。三人で午後一時すぎに明石海峡大橋目指して出発!もちろん運転手は私です。

 花粉飛散のせいか海峡を渡る頃は霞んでいた海の色も、私の思いを汲んでくださったどなたかが、せっかく来たんだからと徐々に晴れさせてくださったおかげで、美しい青色になりました。

 

 

 大阪湾の全貌と関西空港まで見渡せて、連れてきてやった甲斐がありました。

 そんな婆さんの気持ちなんて知らなくていいんです。いつかずっと先にあの日、淡路に行ったなぁ、と思い出す日があれば言うことなし。

 三人でスタバで一服して観覧車に乗りました。

 

 

 娘婿が、この一年間のがんばりを評価して「誇りに思う」とメールを寄こしたと、娘がこっそり教えてくれました。

 この家族の強い絆は、私が経験したことのないものです。老年になった今、彼らの中で過ごせる幸せを心から感謝しています。

 

 

 無事に帰宅して、犬の散歩に出たら、六甲山にかかる雲の隙間から「竜の目」が覗く瞬間に遭遇しました。

 神様が選んで下さった天命の道を、彼らしく生きていってくれますように。