こころあそびの記

日常に小さな感動を

賢夫人

 

 六甲山が見えてる!

 朝、一歩外に出たときの爽やかさに、思わず深呼吸してしまいました。

 こんな朝は、人間だって生物の一種だという自覚が持ててうれしくなります。

 

 

 しばらく通らないうちにポプラの葉がこんなに育っていました。さわさわと葉擦れの音が聞こえる日が近そうです。

 

 

 レンゲ畑が、朝日に照らされて喜んでいます。

 

 

 仕事帰り。阪大図書館に寄って帰ることにしました。

 箕面の循環バスが来るまで二十分ほどでしたから、ぱっと目に付いた本を借りてバスで読もうと考えました。

 

 

 無事にバスに乗り込んで本を開いていたら、次の停留所で高齢の女性が隣の席に座られました。

 「あら、素敵な本読まれてるのね」

と、声が掛かってびっくり。

 思わず本を閉じたら本の題がばれてしまいました。

 『源氏物語を楽しむ』(山口仲美著)。

 「近頃は、みんなコレ(携帯)でしょ。珍しいなぁと思って。私も本が大好きなの」

「私は源氏物語は、男女のドロドロ劇だからと、この年まで避けて通ってきたのですが、吉高由里子さんがさばさばと演じてくださってるので、どれどれと読んでみたくなって、今、阪大図書館で借りてきたところです」

 「あらそうなの。私はあの番組を日曜日のBSと地上波で二回観てるのよ。でも、視聴率が悪いんだってね」

 「10%台らしいです」

 

 

 そのご婦人は今年1月に米寿を迎えられたそうで、息子さんたちが祝ってくれたと聞いても、とてもとても88歳には見えません。

 「お嫁さんがいい人でね。こないだは、バラ園に連れて行ってくれたんですよ。万博公園は桜を見にいったところだったので、荒牧のバラ園に。

 もう十年くらい前、そこへ主人と行ったときはバラが満開でそれはそれは綺麗だったの。写真も残っています。  今回は、まだ咲きそろってはなかったのだけど、それはそれで綺麗でした」

 

 

 お幸せな日々が忍ばれるお話しでした。

 「坊ちゃんたちは、ご苦労なくお育てになったのでしょうね」

 「そうね。中学から塾も行かずに、北野、京大と浪人もせずに進学しました」

 きゃー!

 優秀な男の子を二人。いくら苦労なくといえど、自分も通った道ですから、お察しできるところがあります。

 「お幸せですね」

 「近頃は、毎日、パソコンを開くことにしてるの。プリンターも先日、買い換えたんですよ。写真を整理したり、日記を書いたりね」

 「すごいですね。今日はどちらへ?」

 「メープルホールへ謡曲に。もう五十年も習ってます」

 「じゃあ、もうほとんどの謡は謡われたのでしょうね」

 「そうね。源氏物語の“葵の上”とかもね~」

 だから、源氏物語の本を持つ私に声をかけてくださったのです。

 彼女の年まであと何年あるかしらと思いました。

 もしも、あの年まで生きるなら、あんなふうに幸せに生きたいと願うモデルさんでした。

 メープルホール近くの停留所に着くやいなや、一番後ろの席から立ち上がって、ふらつきもせず降りていかれた姿を見送ったあと、いい人にめぐりあえた幸せを思ったことでした。