「お母さん、うちは貧乏やったんやね。土筆(つくし)食べてたもんね」と大学生の息子が言うと、友が笑います。
この羨ましい食卓で育った息子さんは、いつかお母さんの大きさを知ることになることでしょう。豊さとは何かということにも気づくはずです。
反対に我が家はどうかというと、恥ずかしいことに、母が町育ちだったので野草を摘むことはおろか、食べることなど皆無でした。子ども達に友人宅のような献立を作ってやれなかったことは悔やまれるところです。。
遅ればせながら、今頃になって漢方薬や薬膳に出会い徐々に自然と親しむ大切さが分かってきたところです。
万葉集の巻頭を飾り、春の薬草摘みを歌ったのが雄略天皇のお歌です。
「籠もよみ籠もちふ串もよ
美ふ串もちこの岳に菜摘ます子
家告らせ名のらざね
そらみつ倭の国は おしなべて
吾こそませ我をこそ背とは
告らめ家をも名をも」
枯れた大地に芽吹く薬草を探しに開放された人々が春の野原で嬉々として遊ぶ様子が伝わります。
冬の間に溜まった毒素を排出させたり、活動に必要な気を立ち上げる発散作用を野草に持たせたのはだれですか。自然の妙味に感心します。どちらも春に必要な効能であることにも驚きです。
しかも、それは誰もが摘めるようどこにでも芽を吹く野草なのですから、これほどの平等がありましょうか。
さらには、食べる効能だけではなく、その香りもまた大切な要素です。例えば邪気払いに用いるのは西洋なら大蒜が有名です。
先日の”清明“。中国では、先祖参りをして今年一年の守護を祈る日です。朝、太陽が上る前に家を出て、ヨモギを摘んで門に捧げてから、墓参りにいくそうです。ヨモギの香りが邪気を寄せ付けないという効力を信じてのことでしょう。
折しも、本日、天皇陛下が神田に籾を蒔かれました。
今年一年の平安と豊作を祈ることは国境を越えても変わらない春の行事なのです。