こころあそびの記

日常に小さな感動を

私の楽園

 

 “Chianti”。5月の連休には必ず満開になるバラです。

 真紅の花の色と、潔く散る花弁の香りが、今年もその季節が到来したことを告げています。

 植えっぱなしで手がかからないのは、野バラの系統だからでしょう。原種は強いから、世話ができない私向きです。

 

 

 今朝、ふと、今日で辞める同僚がいることに思い至り、雨の中、お別れのしるしに二、三本の枝を切り取って包みました。

 乙女チックな仕事は自分らしくなくて、慣れない手つきでお渡ししたことでした。

 

 

 先日見たキジも、動物園の檻の中で見たとしても深い印象を残すことはなかったでしょう。しかし、畑の中で、彼の声を頼りに自分で探したキジは私だけのもの。愛おしくてたまりませんでした。

 それと同じで、どんどん咲き出して、あっという間に散っていくバラは、たとえ世話したことがなくても私だけのバラです。

 ですから、どなたかに見ていただけたら嬉しいけれど、そういう押し付けは、私がもっとも嫌うところでもあります。

 野生種の強さを持つバラですから、挿し芽で増えると聞きます。彼女のお家でも根を張ってくれるとうれしいなぁ。と、そんなことは言いません。

 

 

 昨日、アリーナに行ったとき、向こうの方からこちらに向かって近づいて来られる方の歩き方に見覚えがありました。

 確か、おみ足が不調で以前は杖をついておられたはずなのに、昨日は杖なしでした。

 「やぁ、奥さん。お話ししたいことがあったのです」

 何の話かと思っていたら、「此処には車を停めない方がいいよ」と、わざわざ忠告にきてくださったのです。もちろん、そこは、駐車禁止区域ではありません。が、

 「世の中には、いろんな人がいてはるからな。警察に通報する人もいてはるいうことですわ」

 「ありがとうございます。これからは、駐車場に入れるように気をつけます。ご親切ほんとうにありがとうございます」

 娘に、この話をしたら、「めっちゃいい人やん!」と言ってくれました。

 

 

 そうなんです。

 アリーナで出会う人はどなたも、いい人ばっかりです。

 愛想や愛嬌と縁のない私のような人間を受けいれてくださる人ばかりだから、ここに来るといい気分になれます。

 それは、この高台に上ってくる人は、この景色が大好きな人ということにも関係があるのでしょうか。

 この絶景が人を作るのか、もともといい人が集まりたくなる場所なのか。 

 大げさでなく楽園です。

 

 

 それから、話せば長くなるので簡潔に。

 「杖はどうされたんですか?」

 「止めましてん。よ~考えたら、たとえ杖といえども、何かに頼ってることには違いないと気づいたんです」

 この御仁は七十代後半です。

 年取れば取るほど依頼心や世話されることを特権と考える人の多い中で、自分を信じて生きることに気づいたご老人の生きざまに拍手であり、そんなひとことが私を蘇らせてくれるのがアリーナなのです。