こころあそびの記

日常に小さな感動を

SNSという手紙

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 こわごわ利用するものですから、本当の良さを知るところまではなかなか到達できないのがSNSです。
 そんな私ですが、昨日は心底ほっこりする記事に出会ったのでご報告します。
 先日、このブログにも書かせてもらった「アオノリュウゼツラン」のことをInstagramにもあげましたところ、83才の方から「いいね」をいただきました。
 彼女は日常のひとこまを短歌に詠んで楽しんでおられるそうです。ラジオ短歌で採用されたことから、すっかりはまってしまわれたと書いてありました。
 件のリュウゼツランの短歌は、
「半世紀 堪えて咲かせた花ひらく 
 我もなりたし りゅうぜんかつら」です。
 スケッチブックと思しきページにリュウゼツランのスケッチを添えてありました。
 素敵ですよね。短歌をご家族に手伝ってもらってInstagramに投稿されているとか。微笑ましいファミリーのサポートも羨ましいことです。そして、詠まれる短歌のみずみずいことといったらありません。
 83年間のいのちが、ちっとも汚れていなくて、乙女の純情のままです。
 溜め込んだエネルギーはいつどんな形で実るのかは誰にも、本人でさえ分からないことを、アオノリュウゼツランは教えています。
 私たちはゴールは見えない旅人です。先を心配してやれやれと荷物を下ろしたらそこまで。希望を持って前を向けば、この方のように生き生き生きられるかもしれません。
 この先が楽しそうだな、私ももうちょっと先まで見てみたいと思わせる素敵な短歌にSNSで出会いました。

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 名を上げて大衆に身を晒すことは、半面怖ろしさも伴います。
 オリンピックの選手の皆さんがSNSで誹謗中傷を受けているそうです。
 発信元が特定されないからといって、人を傷つける言葉を送りつける行為が常態化している世界に住みたい人などいるものでしょうか。
 情報であれ何であれ、共有することは、仲間の結束力を高めて楽しむものであるはずです。一つの話題を共有して、共感することはコミュニケーションの第一歩です。
 なのにそれを悪用するなんて。
 そんなことだから、大多数の奥床しい人は発信者にはなりません。お手紙と同じで、慎みが大切と知っているからです。慎みある人なら、受け手がどんな気持ちになるか慮ります。
 SNSは不特定多数の人に発信するお手紙です。一枚一枚大切に心を込めて書いてみてはいかがでしょう。