初出勤の日。
帰り道、まず目に入ってきたのは山桜です。
春の山、しかもこの期間限定で見られる薄い桃色のパッチワークは山に入ると全景が見えません。遠景限定の美しさです。
見とれながら、しばらく行くと、ひとりの男性が青空をバックに一本の桜をカメラに収めておられました。
「写真日和ですね」と声をかけたら、「奥さん、ちょっとそこに立ってもらえませんか」と返ってきました。
「キャー、こんなお婆さんじゃなくて、お嬢さんに声かけてくださいな」
「お嬢さんは通りませんので」
そりゃそうですよね。真っ昼間に暇しているのは年寄りだけですもんね。
ということで、彼のフィルムを汚してまいりました。
これだから羞恥心をなくした年増はいやでしょ。
そういえば、先日、被写体じゃなく、撮る人になったことを思い出しました。
老夫婦が代わる代わる満開の桜の下に立って、写真を取り合いっこされていました。
通りかかった私はそれを見て、お節介を申し出てしまいました。
「よかったらお撮りしましょうか?」
ご主人は尻込みされていましたが、奥様が 、
「せっかくだから撮ってもらいましょうよ」と言って、二人並んで写真に収まってくださいました。
「よい記念になります。ありがとうございました」
という気持ちのよいお言葉を頂戴した私は、自分がそれ以上に幸せになっていることに気づきました。
こんなことは、利他とは言えませんが、誰かが素直に喜んでくださることで幸せになることを強く胸に刻んだ出来事でした。
庭のアオキにかわいいエンジ色の花が咲いています。アオキは雌雄異株だそうで、この花は花粉袋が付いているから雄株のようです。
それで赤い実が生らないのかと初めて合点しました。
若いときには気にもかけなかった、日陰の木に咲く小さな花のこと。一つ一つを称えたい気持ちになるのは、こちらが長く生きてきたからですね。
ネット情報では、アオキは陀羅尼助の黒い色をつけるために使われている他、民間薬として外用薬にも使われてきたと書いてありました。
知らなかった。こんなに目の前で見てきたのに。
小さな発見が生活を豊かにしてくれます。
植えっぱなしのチューリップが咲きました。
球根を掘り出す事もなく放ったらかしでも、春になったらググッと伸びてきます。
「咲いた 咲いた チューリップの花が
並んだ 並んだ 赤白黄色
どの花見ても きれいだな」
だれでも、初めて歌う”チューリップ“。
そして、一生涯忘れることのない春の歌です。
桜の相談をしていた植木屋さんが来てくださいました。
「こんなに幹が割れていても大丈夫ですか?」
「幹の中で水を上げるのではなくて、樹皮に近いところで水上げしてますから大丈夫です」
ヘェー、だから幹が傷んでいても生きてるのか。植物のことは植物医に聞け、ですね。
「さっきまで、千里川の桜を見に行ってたのです。きれいでしたよ」
「なんで、川沿いに桜が植わっているか知ってますか?」
「知らないです。なんで?」
「徳川吉宗公が川の土手を固めるために植えたらしいです。二次的にたくさんの人が見にくるから、より土が固まったと。これは『チコちゃん』で言ってましたよ(笑)」
和やかな午後でした。
スミレはアスファルトと溝のほんの少し間に土があれば咲きます。華奢なように見えて逞しいことこの上ない植物です。
菫程な小さき人に生まれたし 漱石
偉大な仕事を残した人の孤独が見えます。
道のべのすみれ摘みつつ鉢の子を忘れてぞ来し
その鉢の子を 良寛
摘み草の楽しみで時を忘れる感覚、わかります。
いのち萌え出ずる春。あっちも、こっちも、見るほどに新しいいのちの発見があります。