こころあそびの記

日常に小さな感動を

一路を生きる

 野村萬斎さんを観に行ってきました。

 ある先輩が云われるには、
 「人間国宝になるほどの人の奥様は素晴らしい方なのです」と。

 また、こんなこともよく聞く話です。
 「母親というものは、男の子がかわいくてたまらないものです。だから嫁姑問題が消えて無くなることはありません」。

 人間国宝の父と賢母の間に生まれて、あまりに立派に育たれたことにまず驚きます。
 特に、先の話からすると、四人姉弟の中のたった一人の男の子なら、母親にとってどれほどかわいいことだったかと想像します。
 それでも、何のために授かったかと、自分に向き合われたことでしょう。この子を跡継ぎにという、プレッシャーの中でお育てになったお母様に敬服いたします。
 先ずそんなことを思わずにおれないのは、同じ母として仕方のないことです。お許し下さい。

 反対に、子供の方が親を選んで生まれてくるともいいます。
 自分の修業に一番好都合な親を選んでくるはずです。
 もし、重い責任を背負ってこの世の仕事を自認している子供なら、その責務を完遂できるよう慎重に親選びをしたことでしょう。

 親と子の縁の理想の形を見た思いがしました。

 さて、長らく、上六から歩いて上町筋を上ってくると『大槻能楽堂』が工事中でした。これが完成した暁には、是非入ってみたいと思いながら通っていたのです。
 狂言がどんなものかも知らずに無謀な挑戦でした。
 新装なったばかりの能楽堂は、新しい香りが漂う美しい設えでした。

 笑ってはいけないかしらという緊張を、隣に座られた方の笑い声で解いて頂きながら、楽しい時間を過ごせました。
 幕間に、人間国宝野村万作さんがお話をしてくださいました。
 お年からして、立ったり座ったりは大変だろうと思いますのに、懐中時計を時折見ながら、きちんと宣伝まで盛り込まれた元気なお姿に見る側が励まされたことでした。
 立派な跡継ぎを得て、ご心配事のないご老人の姿と見ていたのは恥知らずの私だけ。
 この日は、お孫さんの野村裕基さんとの三代共演ですから、頭の中は、ご家族のお幸せばかりでいっぱいになってしまいました。
 


 『大槻能楽堂』は小学校の頃の通学路にあります。もちろん、その頃は知らない世界でした。
 能楽堂を出たところにある「上町」の交差点には、大きな大塩平八郎の顕彰碑が建っています。
 また、お会いしましたねと言い残して、帰りは、通学路を逸脱して、大阪城公園を抜け、京橋まで歩いてみました。

 夕刻です。初夏の太陽は傾き始めたとはいえ、夏を予感させるに十分でした。大川を渡るとき、橋の上から生駒のテレビ塔が見えたことを、奈良に住む友人に知らせようと思いました。