こころあそびの記

日常に小さな感動を

残照の色

 

 孫娘が先日から、「アルプスの夕映え」を練習しています。

 私も彼女と同じ年頃に弾いたなぁ。教えて下さったのは、府営アパート四階にお住まいの武蔵野音大出身の先生でした。大阪にはない東京の香りを子供心に感じました。その頃、田中すみこ先生が発案された「いろおんぷ」教育が広まっていました。

 私自身は、もう小学生だったので使わずじまいでしたが、物のない時代でしたから、先生は色紙を貼り合わせたものを聴音に使っておられました。

 先生がピアノで「ドミソ♪~」と鳴らせば、生徒は赤色紙をすかさずに上げる。「シレソ♪~」と聞こえたら白色紙という約束でした。

 ピアノの上達には全く役立たなかったのですが、子育て中には、いささか真似事ができたかなと思ったりしています。

 

 今日は「夕映え」の話をするつもりでしたのに、大きく脱線してしまいました。

 

 

 昨日の「残照」ご覧になられましたでしょうか。

 たまたま、野暮用で淀川を渡ったその時刻に、河口の方、つまり西側からこちらに向かって広がる雲が夕映え色に染まっていました。

 見た瞬間、去年の今頃は仕事でこの橋を渡っていたことを思い出し、少しだけ心が泣けました。

 いつか見た心に残る風景に出会うと、過去の自分に再会できます。それも自然のなせる技の一つ。いつかの景色と今日の景色の間にある時の経過が、自分を育ててくれたのだという気づきがありました。

 

 「残照」。夕映えのあとの一瞬です。

 美しい言葉に惹かれて、スマホで検索していたら、東山魁夷画伯の『残照』がヒットしました。

 静かな山々の連なりに、四十歳間近だった画伯の遠い視線を感じます。この絵が第三回日展の特選となったことから、画家としてのテーマを決意されたといいます。

 それは、風景でした。心の中の心象も含めて、心の祈りでした。

 

 戦争、肉親の死、そんな苦境にめげず、ただひたすら、自分に向き合い『唐招提寺御影堂障壁画』に十年を費やされた画伯は、5月6日という鑑真和上の入寂日と同じ日に逝去されました。

 「天地のすべての存在は、無常の中を生きる宿命において強くむすばれていることをしみじみ感じた。」

(『残照』についての画伯のコメント)

 

 

 いつか行ってみたい旅先に、長野県信濃美術館東山魁夷館が追加されました。