昨日の千里川は、前日の雨のおかげで流れが速く、鴨たちは避難中なのか一羽も姿を現しませんでした。
コサギだけが元気に餌になる小魚を狙って流れの中に立っています。あの細い足に秘められた力強さ。食べるに困らないように、神様に作ってもらったのですね。 日に日に力を無くしていく自分の大根足を恨めしく比べてしまいました。
犬を連れていると、犬好きの方に話しかけられることがあります。
買い物帰りのご婦人が、両手に荷物を持って重いでしょうに、犬にお愛想してくださいます。
「怖いね、コロナ」と、のっけからコロナです。
「大丈夫ですよ。風邪だと思えば」
「奥さん、つよいわ~」
「こわいこわいという気持ちが免疫力を削ぎますよ」
「そうやね。東京にいる息子がこっちへ来いと言ってくれるけど、あんなとこ行ったら、直ぐかかるでしょ」
「大都会ですもんね」
「ワクチンは4回目も済ましてるんだけどね」
「ということは、インフルエンザの予防接種も?」
「こないだ接種予定日に行ったら、少し風邪気味だったので、後日に見送りになってしまって・・」
と、ちょっと不服そう。
完璧に見えるコロナ対策ですが、ワクチンを連打すればかからないと思わせる報道が浸透していることを窺わせます。
さらに、彼女の不安はこんなところにもあるようです。
「友達は他県に住む息子さんのところに引っ越して死んでしまったのよ」
「ストレスですね」
「そうやね、年とって環境変えたらあかんわ」
コロナが直接の原因で亡くなる人の実数よりも、その数に含まれない関連死が、そんな所にもあることを知りました。
老人が健やかに過ごすコツは、鈍感になることだと思います。
かしこぶって情報を仕入れたところで、元の情報が間違っているとしたら、不安を煽られ馬鹿をみるだけです。
和田秀樹さんの『80歳の壁』が今年の年間ベストセラーになったそうですが、よく売れたということは、その数だけ老いに対する迷いをお持ちの方が多ということではないかと推測しています。
これだけ情報まみれになると、素直に今を受け入れることが、かえって難しくなってしまうのでしょう。
目が見えにくくなって、耳が遠くなり、足腰の衰えが現実になり、ただの物忘れが、認知症なんて大げさな。昔から変わらない症状なのに、現代人はそれに歯止めをかけようともがいているように見えます。
情報のなかった昔の方が、本人も周りも老いを素直に受け入れていたかもしれません。
コロナだ、インフルだと、ピリピリして過ごす日が続けば免疫力は低下します。
朗らかに、自分が心地よいと感じる時間を持つことが、何よりのコロナ対策です。そう思ってくださる方がどれほどいらっしゃるかは疑問だとしても、私はそう思って過ごしたいです。