こころあそびの記

日常に小さな感動を

花のいのち

 

 朝から娘がツツジの花びらを集めています。保育園で園児達に草木染めの体験させるそうです。

 集めた花びらを冷凍保存することで、細胞が壊れて発色が良くなるとか。現代ならではの知恵です。

 

 

 ところで、昨日の『こころ旅』は宮崎神宮の「大白藤」を見に行く旅でした。

 二度、訪れた宮崎神宮

 本殿の右側の道を入っていくと、自然林がしばらく続きます。歩いたなぁ。懐かしい。

 ”御神田“のある広場にいくつかの藤棚がありました。その中の一棚に盛りは過ぎてはいたものの、白い藤の花が残っていました。

 藤が珍重されたのは「不死」に通じるからとか。

 阿弥陀如来の来迎は紫雲に乗って来るなど、吉兆を表す色とされたこともあったでしょう。

 枕草子にも、「色合い深く花房長く咲きたる藤の花」と出てきますから、古くから一目置かれた花であったことは確かです。

 

 

 さて、「お母さん、藤ってどう咲くか知ってる?不思議やよ」と、教えてくれたのは娘です。

 早速、YouTubeで「藤の花の咲くまで」という映像を観ました。

 4月初めまで、他の花芽と同じような堅くて小さな形ですのに、半ばになるとそれが割れて数cmの毛虫のような形状になります。

 そこからは、早回しのように房が伸びて、あれだけの花数がつくのです。

 

 薔薇も牡丹も芍薬もたんぽぽも。花びらの収容力は驚異的です。

 小さな芽の中に折り畳まれている花びらは、開き初めてから伸長するのでしょうか。

 私たちが目が覚めたらウゥーンと伸びをしたくなるのに似ていますから、気持ちは分かる気がします。

 「これ、何の花ですか?エッ!薔薇?大きい!わぁ、いいお家の匂いがする!」とは、若い同僚が、私が持参した薔薇を見たときの感動の言葉です。

 彼女の大きい!という感想に同感します。

 小さな蕾が膨らんでいくところに、人は、果てしない生命力が秘められていると感じます。

 

 

 『美の壺』で、丹後半島宮津で、藤布というものを織り続けている親子が取材されていました。

 春から夏。山に入って藤のつるを切り出し、皮を剥ぎ、繊維にして、煮て、川で晒す。その工程は古代から受け継がれたものです。

 なにかに取り付かれたから、この伝承を守っておられるのでしょうか。

 それは、藤のいのちに呼ばれた人と言えるのかもしれません。