こころあそびの記

日常に小さな感動を

好きなこと

 

 梧桐がこんなに沢山の種のボートを付けています。

 実りの秋がそこまで来たことに気づいて、お願いだから、台風7号の直撃に耐えておくれと祈りつつ通り過ぎました。

 

 

 ぎっしりと実をつけた柿の木です。どれほど深く根を張っているのかな。脅威的な暑さにめげず、子どもを残そうとする植物の強い意志に敬意さえ感じます。

 

 

 朝、テレビをつけたら、久しぶりに『10人のお坊さん』が映りました。

 今日のお題は「怒り」でした。

 怒りは、相手があって生まれる感情です。

 ひとりのお坊さんが荘子の「虚舟の故事」を引いておられました。

 

 渡船場で、あちらから船がぶつかってきます。

 船頭は注意します。しまいに怒鳴りつけるようになりますが、この舟が無人とわかるやいなや、言葉を収めます。

 

 つまり、人は相手に腹を立てるものだと云っています。

 人は人がいないとさびしいくせに、いたらいたで、その相手が気に入らないと、憤怒の情が沸いてくる。なんと勝手な生き物なのでしょう。

 

 煩わしい出来事に取り囲まれたとき、それらを超越するにはどうすればよいか。

 荘子は、我を忘れることだと思い至っています。一切の人間的な些事を離れて、自由な境地に遊ぶことを説いています。

 それは逃げることじゃないかと思われるかもしれませんが、自分の中に、対象へのとらわれがあれば、そこから逃げているとは言い難いことです。

 一切のとらわれを解いて、ゆらゆらと波間に浮かぶ小舟のように虚心で生きろと云っています。

 

 

 ところで、ときどき、ユーチューブ番組を観ます。

 そんなとき、局を選出する根拠となるのは、若きユーチューバーのカラーです。

 こういう仕事をしようという人は、オタク傾向、あるいは本物のオタクです。

 でも、世の中を一歩先に進ませるのはいつの世も夢見る人でした。それを、今の言葉で言うと”オタク“ということになるのでしょう。

 これが大好き。これができるなら、寝なくても食べなくてもいい。

 手塚治さんも、牧野富太郎さんもみんなそうでした。

 好きなことをしている人は、他人の目の色を伺う暇はありません。その心は無心です。

 

 荘子がいう「坐忘」は、好きで好きでたまらないことをやってるときの心の状態とどこか似ているように思われるのです。