こころあそびの記

日常に小さな感動を

見た目だけじゃない

 

 雨が強い風を受けて家の外壁に打ちつけられる音に怯えています。 

 ふつう雨は気持ちを鎮静側に傾けるはずなのに、台風が興奮気味にさせるのはどうしてなのでしょう。

 早く通り過ぎてくれますように。

 

 

 今日は終戦記念日です。

 戦後78年が経過して、当時のことを語れる人も少なくなりました。

 今朝の「朝晴れエッセー」で、満州からの引き揚げ経験を読ませていただきました。

 

 屋根のない貨物列車に乗せられ港に向かう途中、列車が止まってしまい、我慢できない子どもたちは列車を降りて遊びに行ってしまった。そのとき、列車は動き出して、親が子どもを呼ぶ声が虚しく響いたと。

 

 終戦時に満州におられた方々の悲惨な経験は、戦後生まれの人間には想像できないことばかりです。

 我が子の名前を叫び続け、荒野に置き去りにした親の狂乱と悲しみは、わかりようがありません。

 戦争とは、ありとあらゆる人間の醜さを露わにさせるものであることを忘れてはならないと、戦争を知らない人間は願うばかりです。

 

 

 昨夜放送された、NHKファミリーヒストリー』をご覧になりましたでしょうか。

 草刈正雄さんには、いつも『美の壺』でお世話になっているので、拝見したいと思っていました。

 

 彼がハーフであることは、周知の通りです。戦後、まだ「あいのこ」に差別が酷かった時代を、お母様が盾となって必死で育てられました。

 もちろんのこと、お母様自身への差別、蔑みで、ご自身の親からも勘当同然だったことは想像に難くありません。

 

 草刈さんが母親から聞かされていたのは、ロバート・トーラという父親の名前と、その祖父が郵便局員だったということだけです。

 父親は朝鮮戦争で死んだと聞かされ、写真に写る面影さえ見たことがない。

 そんな人を、広いアメリカの中で探せるのでしょうか。

 

 

 ところが、ひと昔前だったら不可能なことを、現代科学が可能にしたのです。

 名前から該当者を探し出し、特定者のDNA鑑定をして、雲が掴めたのです。

 該当者として画面の中でお話される従兄なる方が、草刈さんそっくりでびっくりしました。

 

 この人捜しが成功したのは、いくつかの幸運の鍵の存在があったようです。

 まず、お母様がロバート家に手紙を出されています。英語の手紙を辞書を使ってでしょう、必死に書かれた手紙。これが最大の決め手となったのではないでしょうか。これがなければ、ロバート家の人々の対応はもっと違ったものになったはずです。

 

 幸運の鍵の二つ目は、その手紙を家族が握り潰すところを見ていた生き証人が、97歳で存命されていたことです。

 その方は、この事実を誰にも言えずに生きてきたことが、本当に辛かった。いのち尽きる前に言い残さなくてはと、息子に打ち明けたと言います。それが、先の従兄さんだったのです。

 

 草刈正雄さんが『美の壺』で見せられる、おっとりした感じ。これが米国のロバート家の雰囲気に似ているようで、遺伝は見た目だけではないことも感じさせてもらいました。

 番組の最中も最後も、草刈さんはビデオを観た感想を所望されても、一言も発することができませんでした。

 

 

 草刈さんにいのちをかけたお母様は十年前に他界されましたが、心温かいおば様が生きて待っていて下さっていた。

 もう少しでも遅れていたら、こんなにうまく再会できなかったかもしれないと思うと、見えない力が働いての“今”なんだと感じ入りました。

 

 この後の顛末。「草刈さん、米国へ」という特別バージョンを楽しみにしています。